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春日局は現代に通じる強い女性の先駆者-女優・松下由樹さん

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-これまでに長崎に来たことはありますか?

 以前に仕事で何度かハウステンボスで撮影したり、長崎市内を動いたりということはありますが、随分前なので、どれくらい前なのかはっきり覚えてません。

-長崎の印象はどうですか?

 長崎は坂のところに家が点在していて、上からの夜景がすごくきれいだったのを覚えています。あの眺めが長崎だという感じがするので、もう一度あのきれいな夜景を見てみたいですね。

-今度の公演の見どころを教えてください。

 昨年、明治座と中日劇場で2カ月公演したのですが、中日劇場では内容が明治座から少し進化して、全国ツアーではさらに進化した新たな形の舞台をお見せすることができるので、それが一つの見どころだと思います。

 「大奥 第一章」といえば徳川三代将軍・家光の実母・江与と乳母・ふく(春日局)との対立がストーリーの重要部分。今回は相手役に若村麻由美さんを迎えて、また新たな江与との対決になってきますので、どのシーンも稽古をやってみて感じるのですが、本当に迫力が十分あるし見どころです。迫力がある分、この時代に生きた女性たちが幸せを願いながらも戦わざるを得ない悲哀みたいなものがより伝わってくると思います。

 「大奥 第一章」は徳川三代将軍が出てくる豪華絢爛(けんらん)な物語ですが、人間的な心情味をすごく追い求めたストーリー展開なので、存分に泣いてもらえるし、「スリーアミーゴス」の鷲尾さん、山口さんのシーンでは大いに笑っていただき、最後には(この舞台を見ることで)皆さんに勇気を持ち帰ってもらえたらすごくありがたいなと思います。

-松下さんにとって春日局という役柄にはどんな意味がありますか?

 歴史上の人物でここまで有名な方を演じるということは、やはり最初は肩に力が入りました。また大奥といえば春日局というくらい、大奥の代名詞になっている人なので、「お福」が大奥に上がって「春日」の名前をもらうまでのサクセスストーリーが最大の魅力なのですが、従来の春日局のイメージを根底から覆して、新たな人間味あふれる人物像を作り上げることができるのではないかと思いました。

 まさに浅野妙子さんが書いた脚本の人物像がそのままでしたから、それに魅了されながら、春日局を知っていったという感じが私の中にすごくありますね。時代に翻弄(ほんろう)されながらも、どんなことがあっても生き抜く強さというのは、たぶん一般の人が思う強さに匹敵するくらいのイメージなのかもしれないけれど、それでも実はそれだけの苦悩がそこにはあったのかと思うと、自分自身も豊かな気持ちで人物像を見つめることができました。

 また女性は歴史が苦手な人が多いので、歴史の入り口としても知るきっかけになるし、時代劇というより人間ドラマを見るというところから入っていける物語の世界観なのかなと思います。この役をもらって、本当にあらゆることを感じました。

-大奥の物語には現代の女性に通じるメッセージのようなものはありますか?

 女性がのし上がっていくサクセスストーリーには、現代の頑張っている女性たちにも通じるものがあるのではないかと思います。特に戦国の世から変わっていく変わり目に生きている女性たちですので、彼女たちが自分で幸せをつかみとっていく姿を見ていると、今の女性たちが一応幸せだけど、それでも男社会の中で女性がどのように生きていくのかということをずっと先輩たちから手探りしながら、今の若い子たちにもつながっているいうことを思うと、現代に脈々と引き継がれて今の世がある感じがして感慨深いですね。

 現代では自分がやってきたキャリアが認められれば、目指すポストにつくことも可能だし、自分で子育てもできる環境があるという違いはありますが、当時も一歩一歩努力して進んでいけば、身分を超えてちゃんとポジションにつけるということ自体が現代に通じるものがあると思います。

 女性が集まれば、それなりにもめ事が起こるという図式も今も昔も変わらずあったりするし、そこにはいろんなキャラクターが存在して、かわいい女性がいたり、強いおつぼねさまがいたりする構図も似て非なるもので、その世界観が「うちの会社の大奥は」とか「そろそろおつぼねさまのポジションに来ちゃったな」とか「まだ今のところはかわいがってもらえるかな」とかいう形で残っていますよね。そういう段階みたいなものも、春日局が築き上げた大奥という「女性が働きやすい環境システム」であって、「どうやったら着物を着ながら掃除ができるか」というようなあらゆるシステムを一代で築き上げた人なので、そういう意味では会社の組織にも通じるところがあるのではないかなと思いますね。

-長崎では何か食べましたか?

 そうですよね(笑)。早速頂きました。

 お昼に角煮をいただいたのですが、甘いのが特徴というのを全く知りませんでした。すごくおいしかったです。卓袱(しっぽく)料理というのも知らなくて、いろいろ教えていただいて興味深かったですね。お料理の食べ方でも正式の食べ方を教えてもらって「長崎にいるんだな」という実感がとても沸きました。

-舞台に備えての体力づくりなどはどうしてますか?

 稽古や舞台本番に向かう間に食生活や運動をきちんと管理しないといけないのですが、私はずっとダンスをやっており、普通のダンスでは無理するので徐々に体力をつけるようにタップをやってます。着物を着るので重心を真ん中に置いて演じるにはタップはちょうどいい運動になりますね。

-ドラマと舞台との違いはどんなところですか?

 ドラマと全然違うのは、お客さんが入って芝居をさせてもらえるという空間が、それぞれの公演の場所によってお客さんも違いますし、醸し出す空気も違うので、一緒になって2時間半なり3時間という空間、世界観を築いていってるのだなというのが最大の違いですね。それにテレビは目のクローズアップで気持ちを表現したり、画面上の演出を駆使して心情を表現することができますが、舞台はそういうわけにはいかないので、自分たちでそれを作り上げるというエネルギーが必要です。それがやりがいでもありますし、2人のバトルシーンや1人のシーン、竹千代と絡むシーンでも、お客さんたちの見る目が一瞬にしてそこにぎゅっとクローズアップされるように、いかに心情表現をするかというような芝居づくりがすごく大きな違いだなと感じながら作ってきました。

 今はもう作り上げているので本番になれば形としてはできていますが、目指すところは、一人一人のお客さんのその人なりのクローズアップがどこか1カ所でもあれば、何かを感じてもらえるでしょうし、どんなことがあっても生き抜いてきた女性たちを見ることによって、そうありたいということよりも、そこから何か勇気のようなパワーを受け取ってもらえたらいいなと思っています。

-舞台とドラマではどちらが好きですか?

 過去に舞台もやったことはあるのですが、こんな大掛かりで、しかも3時間あまりという演技をするのは初めてなので、最初は好き嫌いというよりは「大奥 第一章」を演じられるということや、舞台で生で見せられるという喜びと緊張と驚きというのが混ざり合っていました。いざ経験してみると、舞台はやはり舞台でやってきた人たちの世界で築きあげられたものがあるでしょうし、私はずっとテレビの世界の方が長いものですから、もしかしたら通用しないかもしれないと思われているだろうなと感じながら臨みました。

 でも芝居というのはどこでやっても、その人がどう感じて、どう表現するのかということで何かつかめるのだなと思ったときに、若いころから思っていた「テレビはテレビ」「映画は映画」「舞台は舞台」なんだけど、共通して芝居することになんら違いはないというところに帰ってきたように感じます。その分、そこに帰るから舞台の良さをもう一回学ぼうとするところが持ててよかったなと思ったのが今回の公演をやってみた実感でした。

-春日局を8年間演じておられますが、最初の頃と今との違いはありますか?

 最初、自分で大奥第一章のビデオを見たりしたのですが、いつの間にかそれをなぞってしまう自分がいたので、あえて比較をすることを止めました。なかなか忘れないもので、ちょっとでも見ると当時のことを覚えているんですよ。当時を思い出せるし、そのときどう演じたかも、どんな心情で、演じたときの身体の感覚も覚えているんですよね。

 だから止めて、今の私が演じる春日局の方で勝負をした方が、やはりエネルギーも感じ方も演じ方も変わるんじゃないかと思ったので、あの当時、精いっぱい演じた自分と今、精いっぱい演じる自分の春日局というだけでもずいぶん違いが出てくるのかなと思います。それを演じることによって、春日局の感じ方も変わってくるのかもしれません。

 今思えば、不思議なもので、昔の役から自分が切り離されて、すっかり忘れちゃったという感覚にはなってなかったですね。だから春日局という人は、それくらいのすごい人なんだとあらためて毎回思ってしまいますね。

-長くこの役柄を演じてきて、自分で似てきたなあと思うことはありませんか?

 テレビをやってるときもずいぶん怖い、怖いと言われました。(笑)

 自分にとってみたら確かに怖いかもしれませんが、それだけではないと知っているし、でもやっぱり怖い人だと思うんですよ。だから似てきたというより、まねできない人だなと思って演じています。この生き方は決して勧められないけれど、やってきた功績とか本当にやり切った彼女のその強さや、誰にも負けない、誰にもまねできない生き方にはすごく敬意を払いますし、歴史上でこれだけの人が名を残すなんて、あり得ないことだと思うんですよね。

 あの時代に徳川の血筋な訳でもなく、ある程度武家の中での仕事をしたことはあったにせよ、稲葉家に嫁いで離縁されながら、ましてや天皇に称号までもらってしまうという、あまりにも無礼な人間でありながら、歴史上の人物として名を残してしまうというすごさは何だか魅せられてしまうなあというのが正直な感想です。

 誰も本人を実際に見た訳ではないので、今の人たちには似てるかどうかは分からないのですが「春日局って松下由樹だよね」と思ってもらえるくらいには頑張ろうと思います。

-舞台で使う着物はドラマのものを使っているのですか?

 私が着ている打ち掛けもそうですが、舞台ではドラマ「大奥 第一章」で出てくる打ち掛けがほとんど出てきます。どれも本物なので、金糸銀糸で作られた、それはそれはすてきな着物ばかりです。お福の時代というのは、汚いところから這(は)い上がっていくので、打ち掛けになるまでは小袖なんですよ。小袖も実は総絞りだったりとか、素晴らしい小袖が何着も登場しますし、15回くらいの着物の早変わりがありますから、映像も絡めてお見せする舞台になっていますので、動と静を合わせもった時代劇です。静かなだけではありません。(笑)

-映像はどんなものが流れるのですか?

 私自身の映像だったり、いろんなポイントで映像を映し出して場面転換をスピードアップしています。展開が早く次のシーンにつながっていくので、スタッフ総出で正直なところ大変です(笑)。でも、見ているお客さんにはすごく楽しんでもらえると思いますよ。

-何か稽古中のエピソードがありますか?

 稽古ではすごく美しい江与さん(若村麻由美さん)が、ものすごく怒ったりとか、ものすごくほほ笑んだりとかすると、より一層エネルギーが強烈に伝わってくるんですね。それに負けないでメラメラと燃えるような芝居におのずとなってしまいます。その強さと秀忠さん(原田龍二さん)が尻に敷かれている感じとのコントラストというのがちょっとコミカルで楽しいんです。

 それらも新たな江与さんのイメージなんですが、もうすでに私たちの中では江与さんとして「来た!」という感じで平伏するような気持ちになってます。そんな感じで、思い切ってぶつかり合いながら稽古しています。すごく楽しいので早くご覧いただきたいですね。

-「ナースのお仕事」のような現代劇と時代劇では何か違いがありますか?

 何もかもが違うといえば違いますが、私は大奥第一章で仕事させていただいたときが時代劇は初めてだったんです。時代劇でこれだけの長丁場をやることも、京都の太秦で本格的に時代劇を撮ることも、ましてやしゃべったこともないようなせりふの羅列も全てが初めて。台本を読ませていただいたときに、自分も含めて女性たちは決して時代劇そのものを見たい訳ではなくて、その時代にその人がどう生きたとか、何があるんだろうというところに単純に興味があると思うし、あえて時代劇風にやらなくてもいいと言われていたので、なるべく節を付けたり癖を付けたりせず、現代に近い感覚で演じさせてもらいました。

 一方ではニュアンスがちょっと違うぞという人もあるでしょうが、最初は全然だめだった時代劇の所作を覚えながら、せりふに乗せる感情、心情というものも時代劇だからということをあまり意識しませんでした。例えば今の人が「子どもを抱えながら仕事するのって大変なのよね」というのとあまり変わらない気持ちの寄せ方をして、そこにあるその人の心情なり環境なり、生い立ち、背景というのを自然と自分の心に寄せていきました。とは言え、所作は現代劇と時代劇とで違いがありますので、それに合わせて表現を工夫しなければならないところはありました。

-最後に、これから舞台を見る人たちにひとことお願いします。

 遅刻すると一定時間、入場することができなくなるので、絶対遅刻だけはしてほしくないんです。冒頭から見どころがありますし、それが見られないとすごく残念なので、最初から最後までしっかり見逃さないで、心ゆくまで楽しんでもらえればと思います。ありがとうございました。

【プロフィール】

松下由樹

1968年生まれ 愛知県名古屋市出身

1983年 映画「アイコ16歳」でデビュー。1990年ドラマ「想い出に変わるまで」で今井美樹の妹役を演じて注目を集め、1992年には映画「新・同棲時代」「波の数だけ抱きしめて」で日本アカデミー賞・助演女優賞受賞。主な出演作にドラマ「ナースのお仕事」「大奥 第一章」「おとり捜査官・北見志穂」「ギネ 産婦人科の女たち」など

(文責:田中康雄 / 長崎経済新聞)

(関連リンク)

「大奥 第一章」佐世保公演

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