長崎大学医学部(長崎市坂本1)良順会館で来年1月4日から「映画『母と暮せば』公開記念企画展 ~今ここにボクがいる理由~」が開催される。
きっかけは医学部医学科2年の内田直子さんが昨年11月、秋田大学の学生から「長崎大学は原爆や放射線について偉業を果たした永井博士などの先輩が数多くいらっしゃるから、そういう意識が高いのでしょうね?」と聞かれたこと。
内田さんは「私が福岡出身だということもあるが、そんなことを意識したことは秋田大学の学生から言われるまで一切なかった。でも言われてからは、そのことばかりが気になって、私は何も引き継いでいないし、誰にも伝えていないことに改めて気づかされた。のんびり屋の私でも『これではいけない』という焦りの気持ちがあふれてきた」と振り返る。
被爆後70年の節目を迎えた今年、さまざまな関連企画が長崎で実施された。長崎原爆で亡くなった息子の幽霊と母親との交流を描いた山田洋次監督の映画「母と暮せば」(現在公開中)の公開記念企画を思い付いた内田さんは「長崎被爆70年学生企画」を立ち上げて参加を呼び掛けた。呼び掛けに共感する学生が少しずつ増え、現在は活水女子大学(東山手町)、長崎純心大学(三ツ山町)の学生も含め、実行委員は30人ほど。
「本当は中堅を担う社会人としてバリバリ働いている年齢。そんな同級生たちを横目で見ながら、この歳で学生を続けていることに強いコンプレックスを感じていた。しかし自分より若い仲間たちが、この企画に一生懸命情熱を傾けている姿を見て『なんて小さいことで悩んでいたのだろう』と気づかされた」と話す内田さんは10年以上、海外に留学した経験を持つ。
メンバーらが全く未経験のことにチャレンジしながら試行錯誤を続ける中、大人たちから救いの手が差し伸べられる。「配給会社の松竹の方や、舞台『父と暮せば』のこまつ座の方にとても助けていただいた。紛争地帯で『国境なき医師団』に携わっている黒崎伸子先生や、軍医の経験がある小笠原正己先生など医学部の大先輩にも協力していただいた。未熟な私たちは、そのほか大勢の人たちから支えられた。本当にありがたい」と内田さん。
企画展では映画の流れに沿って「被爆前の日常」「1945年8月9日」「被爆後のくらし」「大切なひと」「おとなの覚悟・若者の覚悟」の5つの展示セクションを用意。山田監督からのオリジナルメッセージビデオや映画で実際に使用された小道具、当時の長崎を再現した学生手作りのジオラマなどを展示する。
特別企画として4日14時から井上麻矢・こまつ座社長による「映画『母と暮せば』への思い」と題する記念講演。助監督・濱田雄一郎さんによる記念講演「長崎取材から映画完成までの2年間」が行われる。
9日~11日は各日14時から舞台「父と暮せば」の記録映像上映を予定する(各日定員200人)。同作は原爆投下後の広島で繰り広げられる芝居。2004年に映画化されている。
入場無料。開催時間は平日10時~19時(土曜・日曜・祝日は9時~19時、12日は19時~21時のみ)。15日まで。