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「ペコロスの母」に最期の別れ-大往生で旅立つ「霞道」

出棺を前に菊の葉で末期の水を唇に含ませる岡野雄一さん

出棺を前に菊の葉で末期の水を唇に含ませる岡野雄一さん

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 長崎市光町の「平安社 長崎斎場本館」で8月26日、映画「ペコロスの母に会いに行く」の原作者・岡野雄一さんの母で8月24日に老衰で91歳の生涯を閉じた岡野光江さんの告別式が行われた。

光江さんの遺影

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 光江さんに贈られた戒名は「称念院光誉浄順大姉」。告別式前の準備中、喪主の雄一さんは「母ちゃんの戒名に『光』が入っているのは僕がハゲだから?」と、緊張気味の受け付けの人たちを笑わせた。弔問客が訪れ始めたのは11時30分を過ぎたころ。長崎県内のほか、東京、福岡、熊本県天草市などから親族や友人、知人、自治会関係者、介護・医療関係者、映画・出版関係者など多くの人たちが参列した。

 会場内には映画の出演者をはじめ各方面から多くの供花が届いたが、「赤木春恵さん」「岩松了さん」「原田貴和子さん」「原田知世さん」の供花は会場内に収まらず、受け付け台の前に整然と並べられ弔問客らの目を引いていた。

 会場にかすかに流れるBGMは映画「ペコロスの母」のサントラ盤CD。斎場の担当者が、わざわざ告別式のために同CDを用意したという。開式直前、一青窈さんが自ら書き下ろして歌ったテーマ曲「霞道(かすみじ)」に聞き入る弔問客たち。ゆっくりとBGMがフェードアウトすると、鈴(りん)を鳴らしながら3人の僧侶が整然と並んで入場。弔問客の中には椅子に座ったまま僧侶の列に向かって静かに合掌する人もいた。

 読経が始まり、「にょうはち」(シンバルのような鳴り物)や太鼓が打ち鳴らされる音が斉場に響き渡る。中央に座る導師が立ち上がり、ゆっくりと「いろはにほへと」を読誦(どくじゅ)した。「いろはにほへと」の中では全ての「仮名」が1回ずつ使われ、さらに重複もしていない。鎌倉時代(1185年ごろ~1333年)末期の作品と推定される「釈日本紀(しゃくにほんぎ)」には「空海が作者」と記載されているが、諸説存在しており真相は不明。現在の「あいうえお」が文章として特別な意味を持たないのに対し、「いろはにほへと」は仏教の悟りを示す一連の完成された文章と言われている。

 現代語訳として、「色は匂へど散りぬるを」を、「この世で目にする全ての現象や出来事(色)は全て変化し、いずれは消え去ってしまう」。「我が世誰そ常ならむ」を、「私も含め、誰の人生も永遠であるはずがない」。「有為の奥山今日越えて」を、「人間の所業(有為)による怒りもねたみも愛も憎しみも全て実体がない幻想。幻想にとらわれた煩悩を今日克服して空(くう)を悟る」。「浅き夢見じ酔ひもせす」を、「浅はかな夢は見ない。実体のない幸福に酔うこともしない」とする説があるが、ほかにも諸説存在する。

 僧侶らが退場した後は喪主から順に焼香が始まった。祭壇の前に進んだ人たちは、喪主や親族らに深々と一礼。それぞれ焼香台に進み、静かに故人に手を合わせていた。

 喪主あいさつで雄一さんは「14年前、父が亡くなった時は大雪。母の時は大雨。ホームから亡くなったという電話を受け、駆け付けた時はまだ温かった。苦しんだ様子もなく、安らかな寝顔で安心した」と話し始めた。亡くなる前日に「家族会」を開き、「まだまだ元気」と話したばかりだったという。「ずっと覚悟はしていた。認知症になるまでは本当にしっかり者の母だった。もし、しっかり者のままだったら、漫画にしたことをむちゃくちゃしかられただろう」と懐かしそうにほほ笑んだ。

 1年半前、雄一さんは光江さんの「胃ろう手術」に踏み切るべきかどうか、悩みに悩んだ末に大きな決断をした。「賛否両論あることは分かっている。その上で僕は1日でも長く母ちゃんに生きてもらう道を選んだ」と声を搾り出す。

 「これで良かったのかな?」「これで良かったんだ」。雄一さんは喪主あいさつの中でも自分の決断を再度確かめるように言葉を選びながら続けた。「母は『あの世』という着地点にゆっくり、ゆっくり着地してくれた。最後、安らかに眠るように横たわる母の寝顔を見つめながら、これで良かったのかな」と繰り返した。

 漫画が映画になり、「最後の最後は訳が分からなくなっていく母親」に最後まで寄り添えた自分を振り返り、「何よりの親孝行だったのかもしれない。安らかな最期を見届けることができて本当にうれしい。ありがとうございました」と締めくくった。

 出棺前、親族だけが残った会場には映画のクライマックス、眼鏡橋でのBGMが静かに流れていた。光江さんの棺(ひつぎ)は親族らの手によってたくさんの花びらで埋め尽くされ、雄一さんが菊の葉先を水に浸し、かすかな赤みを残す光江さんの唇に「末期の水」を含ませた。

 「母ちゃん」「ばあちゃん」「おばちゃん」。それぞれ手を合わせる親族らの前で棺はゆっくりと閉じられ、映画のエンディングテーマ曲「ペコロスの母へのワルツ」が流れる中を参列者が待つ玄関ホールへ向かった。参列者らは斎場の玄関前に並び、大きくクラクションを鳴らして旅立つ光江さんの車に向かって一斉に手を合わせた。

 参列者の一人で映画の脚本を担当した阿久根知昭さんは自身のフェイスブックで「岡野光江さんの人生のきらめきを、多くの方の心に届けるお手伝いをさせていただいたことを誇りに思う。光江さん、ありがとうございました」とコメントした。

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