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長崎放送・村山仁志アナに聞く~第56回ギャラクシー賞贈賞式の司会を務めて~

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 「第56回ギャラクシー賞」贈賞式が531日、セルリアンタワー東急ホテル(東京都渋谷区)で行われ、司会進行に長崎放送の村山仁志アナウンサーが抜てきされた。村山アナは昨年の「第55回ギャラクシー賞」でDJ・パーソナリティー賞を受けている。

 ギャラクシー賞は放送批評懇談会が1963(昭和38)年に創設し、テレビ、ラジオ、CM、報道活動の4部門から成る。このうちラジオ部門の個人賞であるDJパーソナリティー賞は、これまで笑福亭鶴瓶さん、赤坂泰彦さん、小島慶子さん、伊集院光さん、ジョン・カビラさん、久米宏さん、ピーター・バラカンさんなどが受賞している。

 大役を務めた村山アナに話を聞いた。

—贈賞式での司会進行を務めていかがでしたか?

まずは、司会に抜てきされたことが驚きでした。私が受賞した昨年の第55回では久米宏さんが担当するなど、基本的に毎年全国区で活躍されている方が務める大役だと思っていましたので、ローカルのアナウンサーに声が掛かるというのは普通では考えられないことです。「ゴージャスな舞台を長崎県の2人で司会したら面白いのではないか」と思い、司会のパートナーは、元長崎文化放送の前田真里さんを事務局に推薦して実現することもできました。

↑授賞式で司会を務める村山さんと前田さん

—昨年は久米さんということは、過去の受賞者に声が掛かるのでしょうか?

受賞したからといって翌年の司会が内定しているわけではありません。久米さんも受賞はされていますが、かなり前の年です。一昨年の受賞は星野源さんでしたが、55回目の節目の年だったので、ネームバリューもあり受賞歴のある久米さんに声が掛かったのではないかと思います。ちなみに、久米さんは私が小学生の頃、「ザ・ベストテン」のアナウンサーをしていて憧れの存在でしたので、お話しできたことは夢のようでした。

—当日は緊張されたのでは?

場所や規模が変わるだけで、元々の職業であるアナウンサーとしての仕事を全うするだけでしたので、実は緊張は全くと言っていいほどしませんでした。でも任されたのが大仕事でしたので、2時間15分ほどのステージは程よい緊張感の中でやり遂げたという感覚はあります。

—贈賞式の流れは予め決められているのですか?

番組コンクールですので、受賞番組の紹介ビデオやショートバージョンの上映、テーマミュージック、アタック、ファンファーレ、照明、受賞者の出捌けなどは予め決められています。番組制作に至ったきっかけなどについてのナレーションやインタビューは用意されていますが、時間に応じて調整していくという部分は司会者の裁量に委ねられています。受賞者も多忙な方が多く、時間厳守で式を進行していくことが求められますので、時間配分をしながら当意即妙な質問を繰り出すという司会者としての力量が問われ、緊張する暇などなく、脳がフル回転で駆け抜けました。

↑個人賞に輝いた菅田将暉さんへのインタビュー

—司会者としての準備も相当のものだったのでは?

ギャラクシー賞は全国のテレビ・ラジオ・CMの総決算とも言える賞です。普段の仕事をこなしながら、事務局に用意してもらった受賞作品を10日で50時間もの時間をかけて、受賞番組を見て、ラジオ番組を聴き準備を進めました。

—リハーサルや会場での準備はいかがでしたか?

リハーサルは当日、本番直前に行われました。司会の原稿が仕上がってきたのは前日の夜遅くでしたが、56時間は睡眠を取ってから臨むことができました。

—司会ができて良かったと思うことは?

菅田将暉さん、チコちゃん、宮本信子さんや石橋蓮司さん、本田博太郎さんにお話を聞くことができたのはうれしい経験でした。ローカル局のアナウンサーとしては、私が昨年受賞したDJ・パーソナリティー賞に静岡放送の鬼頭里枝さんが選ばれたことは、この賞をきっかけにローカルを盛り上げ、横のつながりを作るきっかけになればうれしく思います。贈賞式後の懇親会では、元フジテレビアナウンサーの露木茂さんが司会担当だったのですが、実は露木さんは、私の大学時代、週に一度特別講師として授業に来られていてその恩師から「司会良かったよ」と言っていただいたのは本当に光栄でした。

DJ・パーソナリティー賞に選ばれた静岡放送の鬼頭里枝さん

村山さんの恩師・露木茂さん

—印象的な作品を教えてください。

ラジオ部門大賞を受賞したラジオ沖縄のドキュメンタリー番組が印象的でした。沖縄は戦後、1972(昭和47)年に返還されるまでアメリカの統治下にあり、差別的法律が存在していました。精神障がいを持つ人は座敷牢(ろう)を作って閉じ込めていいという法律の下、合法的に行われていた「私宅監置」をテーマにしたものです。当時、ヤブの中にコンクリートの小屋が建てられ、そこで生活していた人が数多くいました。狭い小屋に10年、20年と閉じ込められ、小さな穴から食べ物を押し込められ、夜には蚊が入ってくるような過酷な環境で、手足が曲がって伸びなくなってしまうそうです。おとしめられて入れられたり、誰かを守るために入ったりした人もいる。そういった生の声も顔が出ないラジオだからこそできたインタビューがいくつも登場します。アメリカ占領下から存在するラジオ沖縄だからこそできた骨太な作品だと思います。

「私宅監置・沖縄~扉がひらくとき~ 」で ラジオ部門大賞受賞の、ラジオ沖縄・西中隆さん

福井放送で「許せない!特殊詐欺 絶対にだまされないぞスペシャル」と題して、パーソナリティーに警察官らを迎えて寸劇などを交えて犯人の声を放送したり、全国のキャンペーンソングを流したりするなど、ワイド番組を特殊詐欺対策に全て割り振った番組も印象的でした。

地元では村山さんが受賞したことで賞が認知される側面もあると思いますがいかがでしょう?

私が受賞したきっかけは、長崎原爆の日である89日に「平和の日ラジオ」と題して、朝の3時間番組を生放送で歩きながらリポートしたことがきっかけでした。89日に長崎でどんな番組を放送しているのかを懇談会の方がラジオアプリでチェックしていたのです。これがきっかけで審査員の皆さまが私の担当番組を毎朝のように聴いたり、私の担当する番組や過去の経歴などを調べたりして受賞につながったそうです。

—アプリで全国のラジオが聴けることが賞のあり方すら変えているのですね。

かつてはローカル局の番組はカセットを取り寄せるしかありませんでしたから、画期的なことだと思います。

2018年に村山さんへ贈られた賞状とトロフィー

—ギャラクシー賞の受賞や司会を通して今後の抱負をお願いします。

全盛期の勢いこそありませんが、重要性を考えるとラジオというメディアは今後も生き残っていくと信じています。ラジオはネットとの親和性も高く、手軽なようで実は最もアマチュアとプロの差が出やすいコンテンツでもあります。今後もラジオだからこそできる企画に挑戦していきたいです。

—今後の活躍にも期待しています。本日は、ありがとうございました。

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