私はフランス語に疎いのですが、店名の由来はなんですか?
「ソリレス」というのは鶏の股関節あたりの背中の肉のことで、1羽にたった2個しか取れない希少部位のことです。「バカはそこを捨てる」というのが直訳の意味で「おいしい部分なのに気づかない人はバカだよ」という意味が込められています。うちもそんな風になれたらなあと。
深いですね。高比良さんは長崎のご出身ですか?
そうです。子どもの頃はサッカーばかりやっていました。小中高と一貫して、彼女もできずサッカーばかり(笑)。
サッカーが恋人?(笑)
そんな感じです(笑)。サッカーではチームの中で自分をどの位置にもっていくかというチームスポーツならではの醍醐味、阿吽の呼吸が大好きですね。この店もシン(佐藤真一さん)と2人で回していますが、これもチームプレイです(笑)。高校を卒業した後に長崎を出て、福岡の大学の商学部に入りました。その後、東京に修業に出かけました。
修業というのは料理ですか?
そうですね。最初はコテコテのフレンチではなくて、割とイタリアンだったり、いろいろですね。2軒目に行った店がコテコテのフレンチだったので、ここがフランス料理にハマるきっかけになりました。
商学部からなぜ料理の世界に?
とにかく自分で何かやりたかったんです。それが料理になったのかな?でも、大学には銀行員になりたくて入ったんです(笑)。大学に入ってからホテルでアルバイトしたんですが、それが結構自分に合ってたようで。料理の道に進んだのは、その影響かもしれません。
なるほど。今までの取材でもアルバイトがきっかけという人は多いんですが、その多くが経済学部や商学部なのはどうしてでしょう?(笑)
文系の学部は理系に比べて結構、時間がありますから(笑)。
私も文系なので分かります(笑)。ホテルのアルバイトで料理を?
いいえ。僕はサービス部門でした。ホテルのようなところに勤めるのなら要りませんけど、将来自分で店をやるのなら料理の技術を身に付けなければいけないと思いました。
きっかけは似ていても店を始める動機がそれぞれ違うのが面白いですね。2軒目のフレンチの店の後は?
その東京のフレンチの店でフランス料理にハマったので、やっぱりフランスに行きたいと思いました。その思いが通じたのか、たまたま東京で知り合った人のお父さんがフランスで日本食のレストランを経営されていたんです。そのフランス人のお父さんの知人がフランスでケーキ屋さんをやっていて、最初はケーキ屋さんで働きました。
スタートはケーキ屋さんですか?
とにかくフランスで修業したい一心で、紹介してもらいました。
ケーキ屋さんには何年くらい?
ケーキ屋さんは1年くらいですね。最初はフランス語も全然できなかったんです。でも家族の人たちにとても親切にしていただいて、住むところと食事を提供してもらいました。そのかわり、ビザがなかったので無給で働きました。
すごい。無給で働いたんですか?
そうです。それからレストランで働きたいと思ってレストラン探しを始めました。現地には日本人の料理人のコミュニティーがあって、いろいろ店の情報を教えてくれるんですよ。あそこは雇ってくれるよとか。中には1週間だけとか、忙しい時だけという店もありましたが3軒ほどレストランで働きました。その時が一番大変でしたね。
言葉も通じないのによく行きましたね。
その頃はやる気満々でしたから(笑)。
ただ、ビザがなくて働けるところが限られたんです。2年ちょっとフランスで働きましたが、どうしても日本に帰らなければならない事情があり一旦帰ってきました。
帰ってきた後、日本の店でアルバイトしていましたが、「まだフランスでの勉強が終わっていないぞ!」という思いが強くて3年後くらいに再びフランスに行きました。その時は6カ月間です。
やはり本場を体験するかどうかというのは、違いますか?
フランス料理をやっていてフランスに行ったこともない、フランスを知らないではどうしようもありませんから(笑)。でも、それよりなにより大好だったので、店のことはさておいてでも、フランス料理を勉強したいという意欲がありましたね。
なるほど。学びたい気持ちですね。
料理だけにとどまらず、フランス人のライフスタイルに凄く興味がありましたし、それは現地でないと掴めませんから。
私も大学で第二外国語がフランス語でしたが習得できませんでした(笑)。全く話せない状態から覚えられるものですか?
必要にかられたからできたのだと思います。言葉ができないと何もできませんからね。
そうか。そうですよね。フランス語で一番苦労したことは?
一応、日本である程度勉強はしました。でも現地ではほとんど聞き取れません(笑)。最初は誰もが通る道でしょうけどね。仕事面ではシェフがとても優しく教えてくれました。仕事で使うフランス語は限られていますし、見せてもらえば何となくできました。ほぼ同じことの繰り返しですからね。仕事はすぐに慣れました。
なるほど。普段のコミュニケーションですよね。
シェフとは仕事でも一緒だし部屋も一緒ですから、一日中一緒にいると覚えます(笑)。
日本とフランスの風俗の違いで驚いたことはありますか?
日本人との一番の違いは「おしゃべり」だということかな?日本人はどことなく以心伝心というか、黙っていても伝わると思ってしまう部分を持っていますよね。でも向こうの人たちはしつこいくらいに話し合います。最初はとても戸惑いました。日本人なら「これくらい言わなくても分かれよ!」と思うようなことでも言わないと分かりません(笑)。
何だか分かるような気がします。そういう点では日本人のそういう言葉や察するという感覚は、世界でも相当優れているのでしょうね。
僕もそう思います。だから日本人はあまり主張しないし、外国人から見ると「何をニヤニヤしているんだ?」ということになるのでしょう。
半年間のフランス滞在は店を始める直前の準備でした。日本での3年間で開店資金を貯めていたんです。ホテルでは給料も結構もらえますから。開店資金が貯まったので、その前にもう一度フランスを復習してから始めようという気持ちで行きました。フランスから帰国後、2009年5月にここをオープンしました。
凄く尊敬します。私は目標立てて達成するというのが苦手で(笑)。
今は僕もそうですよ。その時だからできたと思います。
思い通りの店になりましたか?
おかげさまでそう思います。日本ではフランス料理は高級だというイメージが根強くあります。特に地方都市ではその風潮が強い。東京などではカジュアルな店も少なくありません。僕ができることと言えば、大好きなフランス料理で長崎の人たちに満足してもらうことしかないので、長崎の人たちがもっともっと身近にフランス料理を楽しめる環境を提供することだと思っています。これは僕の使命感なんです。
長崎には素敵なフランス料理店がたくさんあるので、僕がその需要の底辺を広げる役目を担おうと思うんです。初心者の人は、まずうちに来てもらって、フランス料理になじんでもらってから、もっといい店にも通うようになってもらえればと思っています。そうすれば長崎のフランス料理全体の裾野が広がるでしょ。
いいですね。私はこの雰囲気を知らないのでアメリカンかなと思いました。でもフランスに行ったことがある人には懐かしいんですね。
もちろん、この店の雰囲気は僕が感じたフランスを体現しているので、これがフランスだと信じ込んでもらうと困るんですけど(笑)。
確かにフランスに行った経験がある方からは、よく「懐かしい」と言ってもらいます。実際に今こういう店がフランスにあるかというと、ちょっと昔の雰囲気なんです。フランスでも新しいスタイルの店がどんどん主流になっていますから。こういう雰囲気は60年代、70年代の田舎のビストロ(食堂)です。ビストロというのはレストランよりも気軽に行けて、カフェよりはしっかりと食事もできる店です。
なるほど。勉強になります。ここはどんな人が利用されますか?
うちは若い子も気軽に入れますからね。客層は結構、幅広いですよ。確かにこのアメリカンのような雰囲気を気に入って来てくれる20代の人たちもいれば、実際にフランスによく行ったことがあって、懐かしんでくれる60代前後の人たちもいます。ここは見ての通り、狭い店ですから面白い空気が漂うんです。個性的な若い子がいる隣に、60代くらいの夫婦が座ったりして面白いんですよ。
世代間のコミュニケーションは大事ですよね。
皆さん、目的はひとつですからね(笑)。そこにそれぞれ共感して集まって来てくれる空間に老若男女が肩を寄せ合うという雰囲気です。
狭いから(笑)。「そい、何ば食べよっとね?」とか、年配の人が若い子に「こい飲みきらんけん飲まんね」と言ってボトルワインをあげたり。知らない人同士なのにコミュニケーションが始まるんですよ。それを横目で見るのが楽しくて大好きです(笑)。
いい雰囲気が伝わります。ワインはキープできませんからね(笑)。
そうです(笑)。真空にするキャップがありますけど、それでも開けたら3日が限度です。
この店にはそういうコミュニケーションが似合いますね。
僕自身も高級な雰囲気がちょっと苦手なんです。コックコートも着ないし、半ズボンで料理作っていますから一目瞭然ですけど(笑)。
お客さまと話す時もちゃんとした敬語ができません。でも僕の店はこういうスタイルです。
こうでなければならないという決まりはないので、お客さんが好みで選ぶことですよね。
今は海外旅行も昔よりは気軽に行けるし、日本でイメージしていたフランス料理が現地に行くと全然違うということに気づく人も多いと思います。そういう人には受けがいいみたいですね。
そういう人たちが「ここが面白いよ」と誰か連れてきてくれるんですよ。ランチだと500円から800円で提供しています。
週末は忙しいでしょ?やはりコースが多いんですか?
週末は確かに多いですね。コースは4人以上で受けていますが基本はアラカルトです。正直、やる方とすればコースが楽かもしれませんが、フランス料理に慣れていない人が気軽に入れるようにアラカルトをメインにしました。飲み放題が2時間1,500円でできますが女性の利用が多いですね。ぜひ男性にも大いに利用してもらえればうれしいです。
男性には入りにくいのでしょうか?
そういうところがあるのかもしれませんが、一度来てもらった男性はまた来てもらうことが多いんです。だから男の人は、ぜひ勇気を出して入ってきてください(笑)。
女子が多いのなら私も来ます(笑)。ところで、今後の目標は?
フランスの食を通じて長崎を盛り上げるためにも、これからも変わらずここを続けていきたいなと思います。
一番安いメニューは300円からあるし、ものすごく気軽な感じの店にしています。自分たちもTシャツに半ズボンで作っているので適当に見えるかもしれませんが、実は料理やサービスそのものには凄くこだわっています。グラスワインは赤・白で350円からありますので、ワインの初心者には好評です。僕は長崎生まれの長崎育ちなので、長崎を盛り上げたいですね。
(ここでもう1人のスタッフ。佐藤真一さんにインタビュー)
佐藤さんは長崎の出身?
佐藤:出身は長野ですが、妻が長崎なので4年ほど前に長崎に来ました。
以前も料理関係の仕事を?
佐藤:いいえ、こちらに来てからです。以前はサービスや販売関係の仕事でした。今も仕込みをしたり、接客がメインで料理を作っている訳ではありませんから基本はサービスですね。
ソムリエの資格も取ったのですか?
佐藤:挑戦しましたが落ちました(笑)。やはり、まだ経験不足だったのだろうと思います。でも、いい経験にはなりました。自分にはもっと経験が必要だと分かりましたので。
こういう仕事は自分に合っていますか?
佐藤:以前もお客さまと触れ合う仕事だったので、ここで手伝いをやらせてもらって、仕込みなどをさせてもらうことで料理の説明などもできるので、お客さまとのコミュニケーションがとても楽しいです。
今までは完成したものばかり見ていました。ここでは作る段階が見えるので、出来上がったものの背景が分かるのは大きな収穫です。
なるほど。お客さまと接する中で印象に残るエピソードはありますか?
佐藤:僕は誕生日が11月28日ですが、よく来てくださるお客さまから誕生日を祝っていただきました。すると近くにいた別のお客さまも偶然同じ誕生日(笑)。その方もよく来ていただく方なので、その日はとても盛り上がりました。その後もその話でよく盛り上がります。
こういう気軽に話せる店なので楽しく仕事ができます。僕も最初のフランス料理に対するイメージはかしこまった雰囲気でした。こんなにフランクな雰囲気が本当のビストロだと知ることができたことはとても大きい。「今日はどんな人が来てくれるんだろう」と楽しみです。
シェフは優しいですか?
佐藤:新しいメニューができた時も、先に食べさせてもらいます。この料理はどういう特徴があって、何が入っているというのを丁寧に教えてくれるんですよ。だから僕も自信をもってお客さまに伝えられます。凄く勉強させてもらっています。
実際自分が食べないと、人には言えませんからね。いい関係ですね。
佐藤:それに男同士なので通じ合える部分も多いんですよ。気を使わなくていいし(笑)。
佐藤さんの今後の目標は?
佐藤:いずれは自分の店を持ちたいですね。何も持たなかった僕にいろいろ教えてもらって、少しずつですが店のことを学べたことは大きな僕の財産ですね。
開店時間が来ましたね。今日は楽しいお話をありがとうございました。
高比良:こちらこそ、ありがとうございました。
佐藤:ありがとうございました。
気さくにインタビューに応じてくれた高比良さんと佐藤さん。高比良さんは恥ずかしがってとうとう最後まで写真を撮らせてもらえませんでした(笑)。長崎のフランス料理の裾野を広げたいという高比良さんの思いが伝わってくる取材でした。次回の「長崎グルメ探訪」をどうぞお楽しみに。
■SOT L'Y LAISSE
営業時間:ランチ11時30分~14時。
ディナー18時~。ラストオーダー21時30分
定休日:日曜および第1月曜
所在地:長崎市江戸町4-10 Mビル1階
電話:050-3444-1950
(文責・長崎経済新聞編集部 田中康雄)