長崎県内で全編ロケが行われた映画「こはく」が7月6日に全国公開されることが決まったことから、長崎県知事や長崎市長への表敬訪問のため来崎した監督の横尾初喜さんと出演する長崎市出身の女優・塩田みうさんに話を聞いた。
-映画「こはく」は横尾監督の半自叙伝的な作品と伺いましたが…。
横尾 自分自身の自伝が半分、ノンフィクション半分のストーリーになっています。佐世保市出身の私は、両親が3歳のときに離婚し、母子家庭で育ちました。私には父の記憶はほとんどなく、知らずに育ったせいか父がいなくても平気だと思っていました。4年ほど前、兄と父親の話をする機会があり、兄は父のことを「恨んでいるし、忘れない」とはっきり言ったんです。両親が離婚したとき、兄は6~7歳の頃だったそうですが、私とは全く違う思いを聞いたとき衝撃的だったことが、この作品が生まれるベースにあります。
-この映画は元々違うタイトルが付いていたそうですね。
横尾 当初は「底流」というタイトルでした。幼少期の父との記憶は断片的に残っていて、兄とはまた違う記憶の中で自分自身の感情がある。映画の中では同じだろうと思っていたけれど、そうではない家族への思い、誰もその人の心の奥には気付いていないそれぞれの「家族の愛」を表現したいと考え、「底を流れる気持ち」という意味で付けていました。私自身、元々は笑ったり楽しんだりというのが好きだったので、そんな私からするとこのタイトルは暗いな…と感じていました。
-どのような経緯から「こはく」というタイトルに決まったのでしょうか?
横尾 ロケハンで回った店でロケ地にもなっている「瑠璃庵」さんでべっ甲を見たとき、アンバー色が好きで目に止まったのが琥珀(こはく)で、話を聞いたことがきっかけです。琥珀は植物樹脂の化石で、昔の思いが時間をかけて固まったもの。そして、昔の思いが固まったものが琥珀だと聞き、今回の映画で表現したいことと同じだったのでタイトルに決めました。ひらがなで表現したのは、ただシンプルに漢字より柔らかくなるからです。それから撮影監督との打ち合わせで作品にも琥珀色のアンバーを取り入れることになりました。
-それを聞くと作品を見るのも楽しみになりますね
横尾 実は井浦新さんが演じる主人公・亮太が作品のテーマである「家族の優しさ」に気付いていないシーンでは、アンバー色ではなくブルーで表現しています。ただ色は「温かい」や「冷たい」など、個人個人が感じてもらえるものだと思っていますので、言われないと分からないかも知れませんね。
-塩田さんはどういう役で出演されているのですか?
塩田 ガラス工場で見習いをする新人の役です。撮影の2週間前に初めて吹きガラス体験をしたのですが、息を吹きながらただ回すだけなのにとても難しくて…。「できるようになるまで早くて3年ほどかかる」と言われ、とても驚きました。それからは自宅でも練習できるように吹きガラスで使う棒を貸していただき、自宅のベッドに置き必死に練習して撮影に臨みました。特に転がしながら回す工程はとても難しかったです。工場での作業シーンは、そうした部分もあったんだなと思ってもらいながら見ていただけるとうれしいです。
-塩田さんはオーデイションで採用が決まったそうですね。
塩田 もともと長崎で活動していて、映画のエキストラはやったことがありましたが、役を頂いての出演は初めてです。
-塩田さんとの出会いで台本が変わったと聞きましたが…。
横尾 元々は石倉三郎さん演じるベテランのビードロ職人の娘役で30歳という設定だったのですが、オーディションで塩田さんを見て、そこに「役」として唯一居られる子だと感じたことから、起用したいがために、そもそもの役を18歳の孫役という設定に変えました(笑)。
-この映画は撮影までラストシーンを決めていなかったそうですね。
横尾 脚本家に書いてもらった台本は最後まで作ってあったのですが、「最後に届けるのは俳優」だと思い、ラストはその場で演じている3人に任せ、段取りもやらず一発で撮りました。もちろん「こうなるかも知れない」という設定はありましたが、兄・章一を演じる大橋彰さんにはずっとお父さんに会わせずに本番一発だったので、ある意味ドキュメンタリーを見ているようでした。
-そこには横尾監督なりの思いがあったのですか。
横尾 感動してもらうエンターテインメントとして見たとき、重要なのは「共感」だと思っています。そこはリアリティがないといけない。役者だけど本当に会えなかった人たちが会ったということが表現できたのは、よりドキュメンタリーに近いところまで全員で持っていけたからだと思います。ラストシーンが「誰も分からない」という展開で撮影したのはこれが初めてです。
-出演者の反響はいかがでしたか。
横尾 井浦さんからは「こんな撮影ができたのは今まで経験ないです」と言ってもらいました。鶴見辰吾さんにも「こんな風に撮影したことはない」と言われて、なかなか無い撮影現場だったと思います。映画は演じている方々の熱量や撮り方、技術などで大きく変わります。そうした声を頂けたのも、皆さんの思いや熱量があったからこそだと思います。
-こはくは長崎県内各地でロケを行ったそうですね。
横尾 長崎市、佐世保市、大村市、東彼杵郡川棚町で撮影を行っています。名所と言われる場所ではなく、普段生活している風景で幼少期の眺めている風景を切り取りましたので、長崎の方々には「ここはどこで撮影したのだろう?」と楽しみながら見てもらいたいです。
-ポスターのメインビジュアルも長崎ですよね。
横尾 ここは大村市にある川で、ポスターで2人が見つめている先はラストシーンにある川に夕日が沈んでいくのを眺めているところです。この川のシーンは大事なシーンですので、ロケハンで回っているときはイメージに会う場所が見つからず困っていたのですが、別の時に移動で使った高速バスの車窓からたまたま見た川がきれいで、カメラで撮ったのを思い出し、後日、この場所を探し当てました。映画の冒頭のシーンでも川を見つめ流れているような目線とそれを見つめる子どもたちが居るので、どういうことだったのかラストに分かるようになっています。言ってしまうとネタバレになってしまうので、ここまでしか表現できませんが(笑)。とにかく冒頭のシーンとラストのシーンは最後にシーンの意味が分かるようになっているので注目してもらいたいですね。
-川のシーンはいろいろな意味で見どころですね。
横尾 満潮の時は2人が立っている場所には川があふれ下りられないため、干潮のタイミングでしか撮影できないことが分かっていたので撮影日までドキドキしていました。運が良いことに、その日は干潮で、加えてとてもきれいな夕日が出てくれて撮影できたので川の景色も楽しんでもらいたいです。
-今回音楽にもこだわっているそうですね。
横尾 それぞれの「思い」を表現するのに音は少ないほうが伝わりやすいと考え、普通の映画より音は少なくしてあります。以前から、いつか自分の作品でお願いしたいと考えていた車谷浩司さんに「こはく」のことが決まったとき直談判してお願いしました。全ての音楽をお願いしていて、エンディングに流れる主題歌が劇中では分解されていて最後一つの主題歌になるという構成になっています。音楽だけ聴いてもらっても面白いと思いますよ。
-それは面白い作りですね。
横尾 他に亮太の回想シーンでは、単音で構成された曲が、記憶をたどり思い出していくごとに音楽の層を増やしていくということをしています。今回音楽の部分にもこだわり、思い入れのある映画に仕上がりました。
-塩田さん、撮影現場の雰囲気はどうでしたか。
塩田 2週間という短いスパンの中で撮影でしたが、緊張でガチガチになっている私を見て、石倉さんが「ちょっと来い」と声を掛けてもらって、ご飯を皆で一緒に食べさせてもらいました。井浦さんには現場のことや、鶴田真由さんのお葬式のシーンでは「見学しておきなさい」と裏に呼び出してもらい、役への入り方や、カメラが回っていない時の行動などを、その場で教えてもらいました。皆一緒にずっと居たので撮影が終わった後とても寂しかったですが、井浦さんはお忙しいのに「最近仕事どう?」など定期的に連絡を頂き勇気づけられています。
-すごくアットホームな現場だったみたいですね。
横尾 映画の撮影は合宿のような雰囲気で、みんなで映画を作り上げていくという雰囲気でした。
-最後に、これから映画を見たいと思っている方に向けて一言お願いします。
横尾 幼少期に母親が「人は孤独とよ…」と言っていました。今回の映画でもそうですが、兄弟でも思いは違いました。家庭環境で考え方も変わりますし、いろいろなことを思うと本当に「孤独」なんだと改めて感じました。この映画を通じで「家族」とは何なのか?これからの時代に大切な「優しさ」とは何なのか?を感じてもらえればと思います。
-今日はいろいろと話を聞かせていただき、ありがとうございました。