長崎県内で全編ロケが行われた映画「こはく」が6月21日、TOHOシネマズ長崎(茂里町)、ユナイテッド・シネマ長崎(尾上町)、シネマボックス太陽(佐世保市)の県内3会場で先行公開されたことを受け、井浦新さん、大橋彰(アキラ100%)さんら出演者や横尾初喜監督が記者会見を行った。
同作は母子家庭で育った横尾監督の半生を描いた半自伝的な作品で、幼い頃、突然姿を消した父を求めて長崎の街を必死に探し歩く兄弟の姿を通して「家族」とは何かを知るストーリー。主演の兄弟役には井浦新さんと「アキラ100%」として活躍する大橋彰さんがお笑い芸人のキャラクターを封印し、本名で出演していることでも話題となっている。
「オール長崎ロケで2週間にわたり一緒に撮影をしながら父を探す旅、撮影を進めながら『こはく』という映画を作り上げていく旅のようだった」と振り返る監督とキャストら。初日の舞台あいさつを終え、手応えを感じているという監督・キャストに印象に残った場所や見どころについて聞いた。
小学生まで佐世保で過ごしたという横尾監督は坂道を登ったところにある実家が印象深い場所であると挙げ、その理由について、「まず絵の力がある」と話すと、井浦さんも印象深い場所だとうなずいた。「下からは見えない場所で、坂を登りつめたY字路の先にある。振り向くと佐世保の港が広がり、こんなところで生まれ育った人物だったんだなと、実家を訪れたことで役へとフィードバックできたところが大きかった」と話す。ラストカットで実家を入れて佐世保の港を俯瞰(ふかん)で撮影するシーンでは実家のさらに上にあるマンションの一室から撮影している。横尾監督は「マンションからの撮影は幼なじみの友人に協力してもらいこの場所からの撮影が実現できた」と話すと、井浦さんは「長崎といえば、こういうところなんだ」という印象を受けたという。
井浦さんは大村市内で撮影されたという映画の冒頭に登場する川のシーンの撮影場所にも思い入れがあるという。「ベタ凪(なぎ)で波もない、ゆっくりと海ににじんでいくような光景だった。撮影日は靄がかかったような日だったが、夕日と相まってエフェクトではなく風景そのものが映画の内容を象徴するようなロケーションがすてきだった」と話すと、横尾監督は「撮影の一年ほど前、長崎から佐世保へ向かうバスの中で偶然見かけた景色だった。あまりのきれいさに思わず写真に残していた。長崎から佐世保にかけてロケを行うことが決まっていたため、他にも候補地を探したが、この場所に勝るところはなかった」と振り返り、「やっぱりあの川で撮って良かったと思える場所」と話した。
横尾監督の実妻であり、作中でも井浦さん演じる弟・亮太の妻役として登場する遠藤久美子さんは監督が幼少期に過ごしたという矢岳公園(佐世保市矢岳町)が思い出深かったと言い、「作中でも再婚している亮太が前の家族の写真を取り出してしまうシーンがある。私の息子からしたら血がつながった家族を描く葛藤や苦しみがある」と話すと、井浦さんは「遠藤さんはスタッフ・キャストで唯一、現実と虚構のどちらの世界も持っていて、行き来してる。舞台あいさつでも自分の家族のことを話してる。ドキュメンタリーじゃないんだけど、すごい経験をされてる」と話すと、横尾監督も「舞台あいさつでも『主人が…』と言ってる。でも自分が『そのままでいてくれ』と言っちゃってるからね」と話す一幕も。
遠藤さんは妻・友里恵を演じるシーンで「もともとの台本はせりふが全く違っていて、実際の会話を一つ一つリアルなものに変えていった」と話すと、井浦さんは「友里恵であって久美子さんであって、距離感がなくなっちゃってる」と言い、遠藤さんは「赤裸々ですもんね」と頬を赤らめた。
横尾監督は「亮太が『この道…』といって走り出すシーンがある。実際に自分が小学生のころ走り回っていた道だった。30年以上たってロケハンしたとき、その道を抜けると建っていた家々が空き家や更地になっているのを見て虚無感を感じた。自分の中で印象的な場所になっている」と話した。
見どころについて、横尾監督から「ワンシーンだけ井浦さんが監督を務めた場所がある」という話も飛び出した。作中に1カ所だけ横尾監督が写っているシーンがあり、「何で監督が写ってるんだろう」という場所を探してみてほしい」と話す。
井浦さんは「映画は監督の数だけ現場がある。横尾組として温かい、柔らかい空気感が役者だけでなくスタッフにも浸透していた。家族の物語でもあるので、監督のつくる空気感の中で芝居ができたことが横尾監督ならではの現場だったんだな」と振り返り、撮影を進めていく中で「スタッフやキャストみんなが『私の家族は…』『私のお父さんは…』と家族の話をみんなでしていたことも印象深かった」とも。
大橋さんが「アキラ100%の俳優ぶりがやばい、と話題になっている」ことから、最後のお父さんに会うシーンでは撮影直前まで父役の鶴見辰吾とは初共演で、お互いに顔合わせはおろか、あいさつもなく撮影に臨んだことについて触れると、大橋さんは「監督の情熱を受けて数日前から食が進まず、体重が落ちていっていた」と振り返り、「お笑いのように一人で作り上げるわけではないので、成功させたいという気持ちから、順撮りで茂木の港について父のことを知るという人の長屋で話を聞くシーンから手や唇がしびれ出してきたのを覚えている」と話し、「兄・章一がどんな感情を抱くのか考えながら撮影に臨んだ。ビギナーズラックではないけど、たまたま最初の演技で一番いいものが撮れたのでは」という。
6月9日には先行公開に先立ち、長崎国際観光コンベンション協会主催で、映画のゆかりの地を巡るイベント「映画『こはく』ロケ地さるく」が開催された。横尾監督に加え、長崎出身で出演女優の塩田みうさんも飛び入り参加して映画の見どころについて紹介した。
塩田さん演じる新米ガラス職人が修業するという設定で撮影現場となった「瑠璃庵」も訪問した。「ガラス工場はとても長崎らしく、長崎を舞台に表現するにはふさわしいと感じた」と話す横尾監督。参加者は琥珀(こはく)色に燃え輝く炉の前に代わる代わる立ち、熱を肌で感じ取った。
「長崎の地に寄り添って作った作品」と振り返る横尾監督。設定を考えつつ、ロケ地を探していた時は、父親がいる場所を五島列島にすることが有力候補だった。しかし、実際に選んだ場所は茂木。監督は「長崎の人ってみんな、『茂木って遠かもんね』と言う。車で40分はかかると。しかし、実際に行ってみると、もっと近くに感じた。心理的には遠いが、近くにある茂木こそ、幼い頃、別れた父親の居場所にふさわしいのでは」とロケ地に決めたと話す。
父親の「船のエンジンの修理工」という職業設定も、茂木に赴いた際に見つけた事業所にヒントを得ている。「船のエンジンって、人間でいうと心臓。父親がそれを直しているということに、とても意味があると思った」と語る横尾監督。
路面電車内での撮影では、地元企業との思わぬコラボレーションも生まれた。岩崎本舗の社内CMの音声が入り込んでいたカットを、「長崎っぽい」と監督が採用。使用許可を得るため岩崎本舗に問い合わせたことがきっかけで、塩田さんを起用した同店のテレビCMの制作にもつながった。
「『こはく』を通じてできたつながりを大切にしていきたい」。長崎への愛と感謝の言葉で締めくくった。
7月6日からは全国順次ロードショーとなる。