長崎市内でフルサービス型外資系ホテルを運営する松藤グループ内のホテル事業会社、グラバーヒルが長崎駅西側に「ヒルトン長崎」の開業に向けヒルトン(米国バージニア州)とフランチャイズ契約を締結した。松藤章喜社長に開業に向けた思いや、その背景などを聞いた。
-ホテル開業のきっかけをお聞かせください。
松藤 長崎市が、2021年に長崎駅に隣接する形で交流拠点施設(MICE施設)の計画を早い段階で発表していました。その中で、MICEに隣接するホテルの必要性があり、ふさわしいホテルを誘致する動きがあると聞いていました。私どもはかねてから長崎市内でフルサービス型外資系ホテルを運営していたので、せっかくなら地元企業が運営する形で実現できないかと市に話を持ち掛けたのが始まりでした。
-今回、「ヒルトン長崎」として開業するとのことですが。
松藤 外資系ブランドホテルの多くはフランチャイズによって展開されています。ヒルトンは現在、世界で6000以上のホテルを有するホテルチェーンですので、このブランドを冠することでMICEに隣接するにふさわしく、しっかりとした対応ができる宿泊施設を目指すことができると確信しています。
-こんなホテルにしたいという構想などはありますか?
松藤 訪れた方が長崎に来たことを感じてもらえるような特色のあるホテルにしたいという思いがありますが、具体的なものは現在、デザイナーなどと打ち合わせを重ねながら形にしていっている最中です。
-インバウンドなど訪日外国人客を呼び込むかという動きがありますが、ヒルトン開業に向けてどのように見通していますか?
松藤 私どもが運営しているホテルでは外国人比率は伸びていないというのが実態です。立地やアクセスの問題、そして外国人客に対するPRなど伝え方の問題はあるかもしれませんが…。
-現状、ホテルが不足しているという話も聞きますが、運営している側としての実感はいかがでしょうか?
松藤:捉え方もあるかと思います。ランタンフェスティバルなどのイベントが開催されているときはどこのホテルも軒並み稼働率100%で足りないという状況がありますが、年間を通して考えると平均で稼働率が70%くらいまでは落ち込むので、一概に足りないとは言えないでしょう。
-一市民としてはヒルトン長崎ができることによって、県外や国外の方が長崎に来るきっかけになればと期待しています。
松藤 ヒルトンは一つのブランドであり企業でしかありませんので、それだけで何かが変わるというものではないかもしれません。ほかのホテルも含め、一緒になって長崎のまちづくりを行うことで街全体の魅力を高めていく必要があると考えています。その中で当ホテルが長崎に来て良かった、宿泊して良かったと思える施設になれればいいと思います。街並みの快適さと施設の良さどっちも必要なのではないかと思っています。
-長崎はいろんな魅力にあふれた街だと思いますが、いかがでしょう?
松藤 長崎は人口減少が激しく、三菱重工が支えてきた経済をこれからは観光などで支えていかなければという思いがあります。ヒルトン長崎を通して交流人口を増やすところに貢献できればという思いがあります。個人的にも長崎は大好きな街です。高校生まで長崎で過ごし、大学からは県外に出て、海外にもいたのですが、離れてみると文化歴史含め食など魅力的なものがたくさんあり、自慢できるところがたくさんあるのはとても誇らしいと感じています。
-長崎を離れてみて気付いた魅力は何ですか?
松藤 高校時代は何もない西の果ての街だと思っていました。でも、いざ外に出ると街並みや歴史・文化が面白いと気付かされました。幼いころは何も感じていませんでしたが、江戸時代から港が開かれ、日本で唯一交易が許されているのが長崎・出島だけでした。そこを中心に下町が形成されて西洋文化が入り交じっています。明治になり開国したときも大使館や商館が建ち並び、江戸末期~明治初期古写真がこんなにもたくさん残っているのも長崎だけではないでしょうか。
-長崎のような街は日本中、いや世界中見てもなかなかありませんよね。
松藤 ありませんね。長崎にはいろいろなものがあって突出したものがなく、「長崎といえばこれ」と言えるものがない。だからこそ難しい部分です。
-特に訪日外国人が求めている日本のイメージというと、古い日本家屋や寺社仏閣といったものが多いのではと感じています。
松藤 その通り。でも長崎には洋館や中華街が建ち並んでいて、日本家屋や日本らしさを味わう場所ではない。アジア圏のお客さまはそれでいいけれど、欧米豪といった地域のお客さまには京都のような街並みがどこにでもあると思っていて、実際に長崎に来てみると「日本のイメージと違う」ということが起きています。
-「日本」ではなく、「日本の中の長崎」を理解してもらわないと、こうしたミスマッチが起こってしまいますね。
松藤 だからこそ、「長崎のイメージ」をきちんと発信していかないといけない。駅前の再開発で人の流れは変るかもしれないけれど、決して駅前だけで完結するものではない。そして、残すべきものはしっかりと残していく街づくりが求められているはずです。例えば、県庁が移転しましたが、元々は長崎奉行所があって、そこから出島を監視していました。でも出島が扇形をしているのは上から見ないと分からない。だったら、展望所を造るといったまちづくりもできるのではないかと思います。今でこそ出島も表門橋ができて整備も進んでいますが、私が子どものころは閉鎖されていて入ることもできなかった。そもそも「島」だという認識すらありませんでした。
-昔はそんな状態だったのですか?
松藤 今では建物が復元され、かつての姿を感じることができるようになりましたが、子どものころは模型で作られたミニ出島があったくらいで、塀で囲まれていたんです。周りも埋め立てられていたので、ここが島だったなんて子どもは思わないですよね。
-例えば、長崎は世界三大夜景にも選ばれましたが、長崎の夜景は特殊らしく、稲佐山から見た夜景と反対にある鍋冠山から見た夜景、そしてまた違った場所から見た夜景が全然違う景色に見えるらしく、すごく面白いといわれるそうです。もっとPRして、いろいろな場所から夜景を見るツアーがあってもいいんじゃないかと思います。
松藤 そういうのは大事ですね。長崎の街なかをガイドさんと共に散策する「さるく」という取り組みも行われていますが、もっと中身を良くして、街なかも見やすく、歩きやすくしていく必要はあると思います。
-長崎の価値を上げていければもっと訪れる方が増えていきますね。長崎には素晴らしい景観がありますが、外国の方にとってはその場所に行くだけでお金を払ってもいいと思える場所ではないかと思います。景観を残していくためにお金を稼ぐという考え方ももっと広がっていいのではないかと思いますが、どうしても謙虚というか、そういうことがうまくできない、過小評価してしまう傾向があるのではないかと思います。
松藤 残念なのは、長崎の中にそう思っていない人もたくさんいることです。そうした意識的なところから変えていくことも必要だと感じています。長崎といえば、ちゃんぽんや皿うどんもおいしいと思いますが、高価格帯のものを求めるお客さまもいらっしゃる。数年前に長崎和牛が有名になりましたが、神戸牛や関サバ・アジほどのブランド化ができていません。いいものがいっぱいあるからこそ、ヒルトンというホテルを通してしっかり整理してアピールしていくことで、長崎の皆さんに考えてもらうきっかけづくりになればいいと思います。
-そういう意味でも、ヒルトン長崎がいいきっかけになればいいですね。
松藤 ヒルトン長崎の話が出たばかりのころは、「本当にできるのか?」といった声もありました。ヒルトンとの契約が締結でき安全祈願を迎えることになり、いろいろな方々に「いよいよですね」「頑張ってください」という声を掛けていただくようになりました。不安なところもたくさんありますが、そう言ってもらえると頑張らないといけないと私だけでなく社員みんな身が引き締まります。
-どんなホテルができあがるか、今から楽しみです。本日はありがとうございました。
(聞き手=長崎経済新聞編集長 柿田紀子)