長崎市の小中一貫校「青潮学園」で開校記念式典-校長がドラム演奏披露

9年生(中学3年)の靴箱

9年生(中学3年)の靴箱

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 長崎市立野母崎小学校と同中学校が今年4月に統合されて誕生した野母崎小中一貫「青潮学園」(長崎市野母町)で6月29日、開校記念式典が行われた。

グランドフィナーレの様子

 長崎市内初の施設一体型小中一貫校として今年4月、野母崎中学校敷地内に誕生した同校。従来通り、長崎市立野母崎小学校と、同じく野母崎中学校が正式名称だが、1年生(小学校1年生)から9年生(中学校3年生)まで9年間を貫いた教育システムを採用している。6年生までの児童数は156人、7~9年生の生徒数は98人。合わせて254人が自然の海と緑に囲まれた環境で学ぶ。

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 小学校の歴史は明治初期に野母崎地区に設立された旧野母村の「野母小学校」(1874(明治7)年)、旧高浜村の「公立初等高浜小学校」、旧脇岬村の「初等脇岬小学校」、旧樺島村の「初等樺島小学校」(3校とも1872年)の4校が起源。1955(昭和30)年にはこれらの4村が合併して野母崎町が誕生する。長崎市との合併からわずか5年後の2010年3月31日、4つの小学校は統廃合によりそれぞれ130年以上の歴史に幕を閉じ、翌4月1日に旧野母小学校の校舎を利用して「野母崎小学校」として新たな歴史を刻み始めた。野母崎小学校の校歌は旧野母崎町で教育長を務めた本村志津男さんが作詞した。中学校は1947(昭和22)年の学制改革で4つの村それぞれに設立されて以来、小学校と似たような歴史をたどり今日に至っている。

 小中一貫校の構想が持ち上がったのは12年ほど前。まだ長崎市と合併する前の旧野母崎町時代で、トップダウンではなく住民や保護者からの要望で計画がまとまりかけていたという。当時、小中一貫校が存在するのはいわゆる「教育特区」がある東京都や広島市などに限られていた。2005年、長崎市との合併により構想は壁にぶつかり計画はいったん頓挫しそうになった。しかし、発案当時教育長だった本村さんなど計画に関わった人たちが諦めずに努力を続けた結果、今年4月の開校が実現した。

 式典の第1部では野母崎小学校と中学校、それぞれの校歌斉唱が行われた。両校の校歌はそのまま引き継がれる。続く第2部では新たに作られた愛唱歌「Dreams」が披露された。この歌は同学園の教育理念「Dream School(夢の学校)」を歌い上げたもの。教育理念の文章には「学校はユートピアでなければならない」とされ、子ども、保護者、地域、教師にとっての願いをかなえる「夢のような学校」であると同時に、子どもたちが大人になったときの「夢をかなえる学校」であると掲げられている。同愛唱歌の歌詞は昨年12月、中学校の全生徒と小学校5、6年生による「愛唱歌プロジェクトチーム」が特別授業を通じて作詞したもの。作曲はテレビドラマ「古畑任三郎」などの音楽を手掛けた作曲家・本間勇輔さんが担当した。

 愛唱歌は児童生徒の代表による日本語オリジナルバージョンが披露された後、長崎市内で勤務する外国人英語教師(ATL=外国語指導助手)らによる英語バージョンが披露された。さらに、ゲストシンガーとして招かれた松田美緒さんによるポルトガル語バージョンが加わり、トロンボーン奏者の柴田健一さんも演奏で参加。柴田さんと長崎大学で軽音楽部の同級生だった山田圭二校長が終始ドラム演奏の腕前を披露した。最後は同学園のブラスバンドも演奏に加わり、全員でオリジナルバージョンを歌い上げ、大きな拍手に包まれて閉会した。

 大橋功副校長は「長崎市では初めての施設一体型小中一貫校。分かりやすく言えば一つの建物の中に小学校と中学校が同居するシェアハウスのようなもの。従来の「6・3制」(小学校、中学校)から「4・3・2制」(小1~4=前期、小5~中1=中期、中2~3=後期)を採用しており、中期では中学校の教師が小学校の一部の授業にも乗り入れしている。他校の手本になるような学校にしていきたい」と話す。トロンボーンを演奏した柴田さんは「自然に恵まれた中で先生も児童、生徒もみんな本当に笑顔があふれている。9学年が一緒になることで、上級生はよりしっかりした意識を持ち、下級生は頼れる先輩たちがいることを喜んでいるのが感じられた。ぜひ、ここからたくさんの子どもたちに夢を持った大人として羽ばたいてもらいたい」と話す。