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長崎グルメ探訪2013-05-24

第2回店舗編「Plaisir de Vin」

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思案橋電停近くの飲食店などが立ち並ぶ一角に建つ「ウィズビル」。地下への階段を下るとすぐ左手に「Plaisir de Vin」がある。気軽に入れて本格的にワインを楽しめる「ワイン食堂」だ。「長崎グルメ探訪」第2弾は、ワイン通の医師・草野洋介さんが推薦する店にオーナーソムリエの間馬聡(あいばさとし)さんを訪ね、話を聞いた。

間馬(あいば)さんというお名前は珍しいですね。

出身は北九州市の隣りの福岡県京都郡(みやこぐん)苅田(かんだ)町です。高校まで地元にいて神戸に行きました。

神戸は大学ですか?

大学は半年くらいで辞めて、同じ神戸にあるホテル専門学校に進みました。

どうしてホテル専門学校へ?

本当は料理人になりたかったんです。でも30年くらい前は、まだパティシエとか、こういう業界はそんなに有名じゃないし一般の人にはよく分からないでしょ?田舎だからそんなに有名なホテルもレストランもない。父が公務員だったので大反対されました。父は僕を公務員にしたかったみたいですね。大学もとりあえず経済学部だからということで進学できました。(笑)

経済学部は肌に合いませんでしたか?

その大学は当時唯一、観光学科があった立教大学と関係がありました。
当時は卒業したらホテルマンかなと何となく考えていたので、経済学部・観光コースに入学しました。動機はよく覚えていません(笑)。アルバイトを通じてホテルなどの分野に興味は感じていましたが、まだ漠然としていました。ハッキリと進路として認識していたわけではありません。

でも、アルバイトの経験が将来につながったという方は多いですよ。

アルバイトといってもホテル専門学校に入るまでのアルバイトは、夜中の牛丼屋とか早朝の青果市場で働いていました。明石の青果市場でトラックが来たら荷物を運ぶとか、ほかにも絨毯(じゅうたん)の洗浄のアルバイトとか。今の方向性が決まったのは専門学校に入ってからです。

なるほど。

専門学校ではホテルでの研修があります。進む分野が2つあって、宿泊部門、いわゆるホテルのフロントなどと、料飲分野のレストラン部門なのですが、だいたい学生の8割の人はフロントの方に行きます。

8割もフロント希望ですか?

もともと料理に興味があった僕はレストラン部門に進みました。当時の僕は自分が人と話をしたり、サービスしたりすることに向いてないと思っていました。ある日先生に、「料理の方へ進もうと思います」と相談しました。すると先生が、「それなら料理人を使う立場を目指してみないか」と教えてくれました。僕には目からうろこでしたね。よく分からないけど頑張ってみようと思いました。

人との出会いって素晴らしいですね。その先生の一言がきっかけに?

その言葉が進む方向を教えてくれた後、フランス料理店でアルバイトすることになりました。そのアルバイトが、この道に入る直接のきっかけです。

やはりアルバイトがきっかけでしたね(笑)。そこでは何を学びましたか?

料理にしてもワインにしても、そこには全く知らない世界がありました。僕の仕事内容は皿洗いなのですが、調理師学校の学生が研修で表のサービスのアルバイトに来ていました。

え?調理師学校の学生がサービスの研修で、ホテル専門学校の間馬さんが厨房でアルバイトですか? 面白い組み合わせですね(笑)。

この店の支配人が、たまたまホテル学校の卒業生で、学校にアルバイトの募集が来たのです。皿洗いで入ったら料理人の人が3人くらいいて、とても可愛がってもらいました。彼らからいろいろな話を聞いて、いろいろなことを教えてもらって。どんどんフランス料理にのめり込みました。楽しくて仕方なかったですね。

どんな店でしたか?

長崎の稲佐山の展望レストランのようなイメージのすてきな展望レストランでした。神戸の夜景を見ながら食事するカップルばかりが来る店です(笑)。

料理はシチュエーションが変わるだけでもおいしさが違いますよね。

そうなんですよ。その店はフランスの有名店とも提携していて、フランス人のシェフもいました。私は皿洗いですが、フランス料理がどんどん面白いなと感じるようになっていきました。

皿洗いが人生を変えたのですね。

そうだと思います。それから表のサービスのアルバイトに切り替わったんです。そこで社員の人たちにいろいろ教えてもらううちに、今度はサービスの面白さがだんだん分かってきました。

裏方とはまた違う魅力がありますか?

裏と違って、人と直接接するし人が笑顔になるでしょ?それが何だか不思議な感じで(笑)。

自分では苦手だと思い込んでいたものが実は自分に向いていたのですね。普通は裏方は裏方のまま、表は表のままということが多いのですか?

いいえ。当時の料理人は、まず表のサービスの仕事を1年くらい経験してから厨房に入るというパターンが一般的でした。表のことをまず身に付けさせてから裏の仕事でしたね。ホテルもそうです。今は分かりません。



間馬さんは逆パターン(笑)。

皿洗いのアルバイトなので正式の仕事とは言えませんが、もし苦手だと思い込んでいた表の仕事が先だったら、もう嫌になって辞めていたかもしれません。当時の私は非常にシャイで人に接するのが得意ではありませんでしたから、何も分からない状態で表に出されていたら、多分そうです。今でもシャイですが(笑)。

お話を伺う限りそうは思えませんよ(笑)。厨房はそんなに面白いのですか?

面白いですよ。料理を間近に見るでしょ。純粋に「凄いな」と思いました。技というか、ともかく動きが凄い。少ない人数で回しながら見事に組織化されている。そのコントロールが実に素晴らしい。

間馬さんの思いが伝わってきます。その専門学校を卒業した後は?

当時、ホテル業界が大不況でした。1981(昭和56)年の神戸ポートアイランド博覧会が卒業する数年前で、その当時にできた新しいホテルに大量に人が採用されました。その後だから求人がとても少ない時代。学校の推薦にしても、絶対数が少ないから地元出身者優先と言われました。それで私の地元の九州を当たりましたが、当時のニューオータニや西鉄グランドからも高卒しか採らないと断られました。

高卒?専門学校はダメなのですか?

ホテルによって専門学校を短大扱いするところも、高卒扱いするところもありましたが、そこでは高卒ではないと言われました。

痛いですね。

あ、痛~ですよ。これは九州の全部のホテルに問い合わせるしかないと思って、九州中のホテルに片っ端から問い合わせました。すると1社だけ、長崎の東急ホテル(現ANAクラウンプラザホテル長崎グラバーヒル)から「ぜひ受けてほしい」と速達で返事がありました。そして尊敬する先生から「こういうホテルはいいホテルだから受けなさい」と言われて受けました。

出会いですね。

本当に出会いです。でも東急ホテルに入って1年半くらい経ったときに、以前アルバイトしていたフランスレストランが新しい体制になるという連絡があり、当時僕を可愛がってくれた人が責任者になるから帰って来いと言われて神戸に帰りました。

また神戸のレストランに帰ってから、何か学ぶものはありましたか?

実はそこでフランス料理の基礎を徹底的に習得することになりました。

せっかくなので、フランス料理の基礎を何か一つ簡単に教えてもらえますか?

フランス料理では「グランメゾン」と呼ばれる三ツ星レストランは、組織がキッチリ作られています。「メートル・ド・テル(給仕長)」というトップがいて、そのレストランの中の区割りをします。その下に「シェフ・ド・ラン」という給仕長の補佐役のトップウエイターがいて、その下に「コミ・ド・ラン」と呼ばれる雑用係がいます。テーブル給仕は、この3人で役割分担をします。だから自分の担当以外の区画を触ることは絶対ありません。

へ~、そうですか?

雑用係のコミ・ド・ランは、直接お皿を触ることは絶対にできません。トレーに乗せてテーブルまで持って行くのが彼の役目です。上司である「シェフ・ド・ラン」や「メートル・ド・テル」がお皿を直接お客様に出します。コミはお客様と直接しゃべることも禁止されています。

え?知りませんでした。

「教育中のお前はまだお客様と会話してはいけないよ」ということなのです。会話も洗練されたサービスの一つとしてなされなければなりません。料理以外の軽い雑談なら多少は構わないでしょうが、お客様から話しかけられたときは「少々お待ちください」と言って上司を呼びに行かねばならないのです。

お客様にとっては同じスタッフにしか見えませんからね。でも、その規則はサービス業として考えるととても大切ですね。

そうです。だからオーダーが取れるようになるまで毎日テストがあります。それに合格して初めて「明日からオーダー取って良し」と、許可がもらえます。

そこには何年おられましたか?

5年くらいかな。それからフランス行きの話が来ました。結局は事情があってダメになったのですが、今から30年前の話です。料理人はともかく、サービスやソムリエがフランスに行くというのは珍しい時代でした。そこへ学校時代の友達から新しくオープンする広島のホテルへ誘われて行きました。広島の駅前にあるホテルでしたね。広島には5年間いました。

その期間、ずっとサービスを学んでこられたのですね。

長崎の東急ホテルでも、ホテルマンとしての基礎をしっかり学ばせてもらいました。神戸のレストランに戻ったのは、専門職としてのフランス料理のサービスをしっかり学びたかったからです。そして目標の一つ「ソムリエ」は1989(平成元)年に広島のホテルで取得しました。どれも移る理由は自分自身を高めて、よりキャリアを積むためです。その度に快く送り出していただきました。皆さんには心から感謝しています。

当時、ソムリエを取るのは大変だったでしょ?

多分、ソムリエになるのは今の方が大変だと思いますよ。毎年何人か教えていますが、今だったら無理だと思います(笑)。

ソムリエは現在、全国に何人くらいおられるのですか?

私が415番目です。このバッジの裏に番号が書いてあるのですが、今はおそらく何万番じゃないかな?

まさに先駆者ですね。広島の後はどちらへ?

パサージュ琴海のオープン時に長崎に来ました。いわゆるオープン屋です(笑)。

なるほど。ここまで基礎をずっと鍛えてこられたことが生きてきますね?

そうですね。ソムリエとして有名な人がいましたので、そこでソムリエとしての仕事というものをしっかりと学ばせてもらいました。パサージュには東急ホテル時代にお世話になった人が料理長で行くというので声をかけてもらいました。ソムリエを探しているということで。

やっぱり人の縁ですね。

そうです。ありがたいですね。でも面接に行く時、まだ建築中でした。道なき道を通って現地に行くのですよ。その時は「うわ~、凄いところに来てしまった!」という感じでしたね(笑)。



あの自然に囲まれた見事な環境を考えると、建築中の現場を目の当たりにした間馬さんの第一印象が分かるような気がします(笑)。

実はずっと前から、いつかはリゾートで働いてみたいという気持ちは持っていました。東急ホテルなどは観光地というか、リゾートではあるけれどもシティーホテルの感覚でしょ。私なりに考えたのは、将来リゾートを学ぶためには徹底的にシティーホテルを学び尽くした上じゃないとダメだと思いました。だから東急から神戸に行って、広島に行ってシティーホテルのサービスを徹底的に学んだのです。それからパサージュに行くことになった。結果的にそれが良かったような気がします。

リゾートホテルとシティーホテルの違いはどんなところですか?

リゾートでは連泊する方が多いでしょ。連泊だから食事もワンパターンだと飽きられます。こういうところにも気を使わなければならないところがシティーホテルとは全く違う点ですね。

なるほど。単に料理について学ぶのとは全く違うスキルが必要になってくるということですね。料理自体もそうでしょうけど、お客様を喜ばせるというところに際立ったスキルが必要になりますね。

そうです。それこそが私の本職です。さきほども言いましたが「メートル・ド・テル」という給仕長になるためにはソムリエの資格が要りますから、それでワインを勉強したというのが学んだ理由です。だから最初は「ワイン」というツールでしかなかったんです。給仕長になるにはソムリエになる必要があるし、それにはワインが理解できないといけない。

ところが、そのツールにすっかりハマってしまった。でしょ?(笑)

そうです。もう、ずっぽり奥深くハマりこみましたね。底なし沼みたいに(笑)。

ワインのどんなところが魅力ですか?

知れば知るほど分からなくなるような不思議なところが面白くて仕方ないですね。不思議な力を持った飲み物です。ワインに関しては終わりがないというか、一生勉強だと思いますね。



草野先生も似たようなことをおっしゃっていました。

私は基本的に飽き性なのですが、ワインに関しては全く飽きませんね(笑)。

その飽きないが、1999年にこの店を開いて商いにつながる(笑)。

上手い(笑)。だけど、パサージュにいる時は自分がワインバーを開くとかそういうことは全く計画していませんでした。その頃、ちょうど今の店がある近くの酒屋さんやレストランから、酒屋さんを通してワインリストを作ってほしいとか、サービスの研修をしてほしいとか依頼が来るようになって、何件か立ち上げを手伝いました。

まさに立ち上げ屋ですね。

手伝っていたら、何だか面白いなと思うようになったんです。そして、自分が楽しめる店ができないかなと1年くらい何となく考えるようになって。それがまさしく、この店です。

何か分かるような気がします。店は自分の思い通りにできましたか?

もちろん100パーセントではありませんが、ほぼ思い通りの店になっています。最初、5階でやっていた頃は正直しんどかったですね。一生懸命頑張っていましたが、どうしても何か中途半端だという思いが常にありました。そんな時に、このビルの地下に屋台村みたいなものを作りたいから、やらないかという話が来ました。それで最初に入りました。5階で1年半営業したのですが、地下に移ってからお客さまの流れが大きく変わりましたね。こちらは階段をちょっと降りるだけですから。

5階に比べたらそうでしょうね。この店のコンセプトは何ですか?

ズバリ、大人のカジュアルです。この近くにも有名な店はありますが、そんな店に行くような人たちが普段、気軽に使える店ですね。だから「ワイン食堂」と銘打ちました。

「ワイン食堂」はイメージが分かりやすいですね(笑)。

本当は店名も「ワイン食堂」にしたかったんです。ところが「それは止めた方がいい。カッコ悪いから」って大反対されまして。それで横文字にしました(笑)。

ははは…。この店名の由来は何ですか?

フランス語で「ワインの喜び」という意味です。「プレジール」が英語で言う「Pleasure」で、「ヴァン」が「Wine」なんですよ。

なるほど。まさにピッタリの店名ですね。本当に「ここでワインをカジュアルに楽しんでください」という間馬さんの思いが詰まっている感じが伝わります。

ありがとうございます。例えば推薦していただいた草野先生のように、好きなワインをメインに料理を楽しみたい方にも、好きな料理に合うワインを楽しみたい方にもどちらにも対応できます。お客さまそれぞれで楽しみ方は違いますから。でもワインという共通の「プレジール」を満喫してもらうことが当店の役割です。これは日々の勉強を通じて常に研鑽しておかないと、いろいろなお客さまのニーズには対応することはできません。

素晴らしいですね。ところで、草野先生おすすめの「スペイン産デュロック豚のステーキ」について教えてください。



いつもよく注文されるメニューですね。学生さんたちにもよく食べさせていらっしゃいます。黒豚は黒豚ですが、スペインのイベリコ豚に比べて脂っぽくなく、あっさりしています。歯ごたえも硬すぎず、柔らか過ぎずちょうどいい感じです。1600円ですが確かに人気メニューです。女性には「玉ねぎのフラン」という700円のメニューが人気ありますね。

この店の料理の特徴は何ですか?

うちは魚よりも肉料理中心です。あらゆるものがいつ来ても食べられるようにしています。鴨、ホロホロ鳥、豚、仔牛、うずら、鳩、牛などですね。いつでも食べられるなら、旬じゃないと言われたらそれまでですけど(笑)。

草野先生が温度管理のことも凄く誉めておられました。

温度管理については、ワイン会の時と普段とは少し違います。ワイン会の時は開催時間が分かっていますから、セラーからいつ出すのかという時間をキチンと管理できます。通常はセラーの温度は決まっているので、いろいろとテクニックがあります。そこは企業秘密ということで内緒です(笑)。

そこが聞きたいのに残念です(笑)。いつでも食べられる状態にしておくというのは、なかなかできそうでできないでしょう?

こういう店が私の頭の中にずっとありました。「鳩食べたいよね」とか「仔羊食べたいよね」とパッと思った時に、いつでも目当てのものが食べられるような店。「そんな店があったらいいなあ」と思って、この店を作りました。

早い話が、自分が欲しい店だった。

そうです。うちは「こだわりがないところが、こだわり」なのかもしれません(笑)。

ははは、言い得て妙ですね(笑)。

「ワインバー」というのは自分の中ではそれ自体が中途半端。バーでもないし、レストランでもない。だから「ワイン食堂」。「そのワインをどの状態で飲むのが一番おいしいか?」というのを知る必要があるでしょ。だから結構テイスティングをするんです。年間でだいたい800種類ほどですね。

800種類ですか?もの凄い数ですね。

目標は1000種類ですが、これはちょっと難しい。もちろん酒屋さんに協力してもらうことが多いですね。今年に入ってから4月までにだいたい300種類のテイスティングを済ませました。お客さまの好みを思い出しながら、「このワインはAさんが好きなタイプだな」とか、「Bさんはこっちだな」という風に想像しています。特に春はメーカーさんの試飲会が多いので一気に100とか200とか増えるんですよね。ほぼ毎日、店が終わった後に森永酒店さんと一緒にテイスティングしています。

口の中を元に戻せるのですか? 連続でテイスティングって難しいでしょ?

そこは訓練です。きっと酒屋さんはもっとやっていますよ。テイスティングを通じて、このワインはどんな温度で出すのがいいということをあらかじめ知るのです。その上で、ただそれをそのまま出すのではなく、それぞれのお客さまがどんなものを求めているかを感じ取って、グラスを変えたり温度を変えたりします。だから、ワインを中心には考えません。「お客さまが何を求めているか」というところが大事です。

間馬さんが積み上げてきたキャリアの流れが、結果的にそこにたどり着いたのでしょうね。

確かにそう思います。私にとっては常にお客さまが主役です。その脇役に料理があって、その下にワインがあると思っています。だから、お客さまが笑顔になって帰られたら、すごく幸せを感じますね。例えば私はクリスマスの時期が大好きなんです。それは普段のデートならカップルが喧嘩したり、上司と来た人が難しそうな顔で仕事の話したりと、いろんな表情があります。でもクリスマスだけは、なぜかみんな幸せそうな顔をしているから好きですね。プレゼント交換してるカップルなんか、もう満面の笑顔ですから(笑)。

そうか、そちら側から客席を見るとそれが見えるんですね。

サービスマンとしては、人の幸せを見て自分が心から幸せになれるというのが基本ではないでしょうか。ここは訓練というよりも、サービスの道を目指す者ならベースとして持っておくべきものだと思います。

深いですね。読者の方に一言伝えることがあるとすれば何ですか?

「気軽な気持ちでワインを飲んでいただきたい」ということですね。うちは、どういう使い方をしていただいてもいいように対応します。若い人が背伸びして彼女にいいところを見せたいのであれば、そのように対応しますし、慣れた方がカジュアルに食べたいのならそのように対応させてもらいます。

お話を伺いながら感じたのですが、普通はどうしても料理そのものや、ワインそのものに意識が向くと思います。料理人の方ならなおさら。でも「お客さまにどう楽しんでもらうか」というところから全てが始まるところが、ホテルマンであり、ソムリエであるという間馬さんの基本ベースなのでしょうね。

実はね。今だから取材にも対応できるのですよ。もし、ホテルマン時代だったら絶対に受けていません。自分のプライベートな部分は決してお客さまに見せてはいけないというルールもある世界です。そこにも「お客さまが主体」という精神が徹底的に貫かれている世界なのです。でも、それなりに僕も年齢を重ねたし、今はこうしてホテルマンではなく店をやっているわけですから、「こうして話せるようになったのかな?」なんて思いますね(笑)。

ありがとうございます。ちなみにワインはいくらからありますか?

ボトルワインは3000円から4万円です。約100種類あります。グラスワインは600円から1300円で、10種類ですね。

料理はシンプルでカジュアルなフランス料理ですが、間馬さんはソムリエでしょ。シェフはどなたが?

料理担当の神近シェフとは13年になります。神近シェフは実家が琴海の農家ですが、例えば店によっては「野菜にはこだわっていますから契約農家のどこそこの野菜しか使わない」とかいうのがありますよね。うちはそういうのはないんです。その時々のおいしい素材をセレクトして料理して出す。それだけです。おいしいものを食べたら笑顔になるでしょ?笑顔になるなら、別にしゃしゃり出る必要がないじゃないですか。だからここでも「こだわりがないのがこだわり」です(笑)。


(シェフの神近和也さんの出勤を待って、神近シェフにインタビュー)


神近シェフは料理の道に入って何年になるのですか?



神近:17年目ですね。1992(平成4)年4月に琴海の高校を卒業して広島の自動車メーカーに入社しました。しかし偶然ですが、その年の5月に間馬さんが入れ違いに広島からパサージュ琴海に来たんですよ。笑っちゃうでしょ(笑)。

赤い糸で結ばれていたのでしょうね(笑)。でも、どうして料理の世界へ?

神近:実家が農家なので、身近に野菜があったということはあります。親が生産、僕がそれを加工するとでも言いましょうか。

なるほど。実家の作物は何を?

神近:主なものは「みかん」です。後は根菜やちょっとだけ葉物も作っています。コメもあります。

シェフが毎日、料理を作る上でのモチベーションは何ですか?

神近:やはりソムリエと同じで、お客さまに喜んでいただく笑顔のためでしょうね。それをいただけるかどうかにドキドキしています。

間馬:うちに来ていただくお客さまの多くが、神近シェフにも「ごちそうさま」と必ず声をかけられるんですよ。普通は厨房のシェフにまで声はかけないことが多いでしょ。オープンキッチンだからということはあるのでしょうが、彼の料理に敬意を払ってもらえるというのは僕もうれしいですね。

いいですね。シェフには自動車工場の仕事は合わなかったのですね。

神近:自動車工場では自分なりに理想があったのですが、実際のラインでの現実の前にどうも自分には合わなかったようですね。3年ほどで辞めて長崎に帰ってから料理の道に入りました。

そして間馬さんと出会うのですから、人の縁というのは不思議ですね。

間馬:そうですね。いろんな方とのお付き合いの中で彼と出会いましたからね。彼の人柄、真面目さに惚れました。

神近さんが料理の道に入ったきっかけは何ですか?

神近:きっかけは今までの仕事と違う世界に身を置くと決意したことです。今までと同じ世界にいても将来必ず限界が来るのが見えていましたから、背伸びではないけれど、大変だろうけど、やりがいがある世界に自分の身を置こうと思ったのがきっかけです。

その料理修業の途中で間馬さんに出会って、どんなところに惚れてこの店へ?

神近:自分が知らないことがたくさんありました。料理にしても、ワインにしても。間馬さんのところなら、そういうことを勉強できると思いました。せっかく修業するなら、そういうところに行こうと。

せっかく修業するならそうですよね。ではせっかくなので、先ほどの「スペイン産デュロック豚のステーキ」の作り方の特徴を教えてください?

神近:厚切りのまま焼きますが、肉汁を逃さずにギュっと閉じ込めて提供するというのが特徴です。厚切りで焼く分、調理に多少時間がかかりますが、ガチガチにはなりません。

ありがとうございます。では最後に、料理人としての目標を教えてください。

神近:目標はいつか小さい店を始めることです。料理へのこだわりとしては、産地や時期などをいろいろ把握して県内産がいいとか、どこそこの産地がいいとかセレクトします。魚でも大村湾のように内海だったり、大瀬戸の外海だったり、どちらかにこだわるというのではなく、時期やいろいろな要素からセレクトします。大村湾は漁獲量は少ないのですが、イイダコやキスなどの旬はおいしいですし、橘湾は海老がおいしい時期があります。大瀬戸みたいな外海では青物の時期がおいしいですね。県内産、県外産も臨機応変です。その時々でセレクトするのがこだわりと言えばこだわりです。

間馬さんが言っていた、「こだわりがないのがこだわり」ですね(笑)。

間馬:彼は「今、どれがおいしいか」ということをいつも研究しています。だから、「これにこだわっている」というのを前面に出すタイプではないのです(笑)。だから性格は僕と全く違うんです。

え?そうですか? 相性ピッタリに見えますけど。

間馬:プライベートでは一緒に飲んだりすることは一切ありません。だから、彼が結婚したときも友達から教えてもらいました(笑)。周りのみんなが「おめでとう」なんて彼に言うものだから、「え?何事?」(笑)。

神近:その場で「今日、籍を入れてきました」って、ボソっと初めて報告しました(笑)。

芸人さんのコンビみたいですね(笑)。それならお客さんも楽しいでしょ?

間馬:でも仕事中は一切しゃべりません。サービスに集中していますから(笑)。

もっとお話を聞きたいのですが、開店時間が来てしまいました。本当に楽しい取材をさせていただき、ありがとうございました。

間馬:楽しかったです。ありがとうございました。

神近:ありがとうございました。

ワイン食堂「Plaisir de Vin」
営業時間:18時~。ラストオーダー2時。月曜定休
所在地:長崎市浜町10-21 ウィズ長崎ビル地下1階
電話:095-825-4243

(文責・長崎経済新聞編集部 田中康雄)


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