細密鉛筆画で知られる画家の吉村芳生さんに焦点を当てた企画展が3月22日、長崎県美術館(長崎市出島町)で始まった。
吉村さんは1950(昭和25)年、山口県防府市生まれ。山口芸術短期大学を卒業後、徳山市(現・山口県周南市)の広告代理店に就職。1976(昭和51)年に退職して創形美術学校で版画を学び版画とドローイング作家としてデビュー。ジーンズや新聞などのありふれた風景を題材に「写実を超えたリアリティーを刻む異色の画家」として知られる。
展覧会では初期の作品から2000年代に描き始め、吉村さんの代名詞の一つにもなっている活字や写真まで丸ごと書き写した新聞に自画像を描く「新聞の上に自画像を描くシリーズ」や1990年ごろに描き始めたファーバーカステル社の120色の色鉛筆を駆使した花を題材とした「百花繚乱(りょうらん)シリーズ」まで約500点を並べる。
2.5ミリのマス目に0から9の数字で濃淡を記し、「4は斜線5本」などのルールで機械的に描写した「ジーンズ」(1984年 インク、フィルム)や本ケント紙と金網を重ねてプレス機にかけ、紙に写った痕跡を鉛筆でなぞった17メートルの「ドローイング 金網」(1977年)など、吉村さん独自の技法は写真と見間違えるほどのリアルさが特徴。
自画像の展示コーナーでは365点の自画像が3セット、1000点の自画像が1セットになった作品を並べる。このほか、2011(平成23)年3月11日に発生した東日本大震災とその惨状を伝える紙面は衝撃的だったことから、震災直後は「この紙面に自画像を描くことはできない」と考えていた吉村さん。1カ月ほどたった頃から、「今、作品を作らなければ後悔する」と思うようになり、3月12日から1カ月分の紙面に8種類の自画像をシルクスクリーンで刷り込んだ「3.11から」(2011年)なども並べる。
カラフルに巨大化した後期作品が並ぶ百花繚乱シリーズのコーナーでは、藤の花の同じ部分を複数枚プリントして何度か貼り合わせ、吉村さんが「花の一つ一つを東日本大震災で亡くなった人の魂と思って描いた」という「無数に輝く生命に捧(ささ)ぐ」(2011-2013年 色鉛筆、紙)やドローイング作品と同様にマス目を一つずつ塗り進める手法で制作途中に病に倒れ、絶筆となった「コスモス」(2013年 色鉛筆、紙)などが並ぶ。同作は4分の一ほどを残した途中で描写が止まり、小さなマス目を一つずつ描き写したものが集積していく精緻な制作技法を実感することができる。
開館時間は10時~20時。観覧料は、大人(大学生以上)=1,200円(土曜・日曜・祝日1,300円)、小中高生=600円(同700円)。5月12日まで(4月8日・22日は休館)。