長崎・かわち家の自伝劇「チンドン大冒険」 演出家7人の競作に爆笑

隆太郎に「てめえ、餅つきを舐めてるのか」とプロレス技をかける上司

隆太郎に「てめえ、餅つきを舐めてるのか」とプロレス技をかける上司

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 長崎市平和会館(長崎市平野町)で9月4日、街頭宣伝や祝い餅つきなどのパフォーマンスを手掛ける「かわち家」の親方・河内隆太郎さんの自伝劇「チンドン大冒険」が開催された。

感極まり涙声になる河内さん

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 河内さんが8月に出版した同名の自伝本を演劇化したもので、昼の部「旅立ち編」と夜の部「独立編」でストーリーが完結する。旅立ち編は4幕、独立編は5幕で構成されており、河内さんのほか、それぞれ7人の作家や演出家が競作。さらに出演者も幕ごとに変わるため、同一人物の物語でありながら雰囲気が全く異なるユニークな試みが話題になった。

 開演時刻の13時、台風接近中にもかかわらず会場は「ほぼ満席」状態。登壇した司会の川田金太郎さんが進行を説明した後、「今から171年前。チンドン屋の元祖は飴屋のかっちゃん」と前説を始めた。1845年、当時のあめ売りは鉦(かね)や太鼓を派手にたたきながら、あめを売っていたという。「飴勝(あめかつ)」の見事な口上に感動した芝居小屋の主人が「自分の小屋を宣伝してほしい」と飴勝に依頼したことが日本における「広告代理」の始まりといわれている。

 劇を前に「チンドン屋の歴史」を実演再現するコーナーが始まり、「かっちゃん」に扮(ふん)した女性があめをスポンサーの「コロッケ」に置き換えて実演。そこに芝居小屋を同じく「宅配食」に置き換えた依頼人が登場。引き受けた飴勝が依頼人の商品を見事に紹介する宣伝文句に会場から拍手が送られた。明治時代に入ると拍子木を打ちながら「東西、と~ざい~」と注目させる「東西屋」に流行が移り、その後は西洋音楽を取り入れた楽隊スタイルに。昭和初期ごろ、現在のチンドン屋スタイルが誕生したといわれている。それぞれ実際のスポンサーに置き換えて実演再現が続いた。

 「旅立ち編」演目は、1幕目から順に「人生の扉オープン」(作・演出=加藤久留美さん)、「シャイニング・スター」(同=川内清通さん)、「こんな仕事待ってました!」「ゆ・る・し」(以上、渡邉享介さん)。各幕で出演者も違うため、河内さんに扮する役者は冒頭「僕は河内隆太郎」と名乗る。

 1幕目では「かとうフィーリングアートバレエ」の加藤久留美さんが父・久邦さん(故人)を演じ、創作と演出も担当。劇中では入団してきた河内さんに演歌「矢切の渡し」のメロディーに乗せて振り付けをする。「親の心に背いてまでも」のタイミングで一同が一斉に泣き伏す演出で、会場は爆笑に包まれた。

 2幕目「シャイニング・スター」では河内さんの笑顔のまぶしさを徹底的に強調する演出。親の期待に背いてチンドン屋になるという河内さんを父親が殴ろうとする場面で、「殴れない」と拳を下す父親。ゆっくりと観客の方を向く河内さんの「満面の笑み」が、会場からの笑い声と拍手を誘った。終了後に幕あいをつないだ「本物の」河内さんは、「うちの両親、こんなキャラじゃない」と大声で否定。観客をさらに笑わせた。

 3幕目で「ものすごく恐ろしい上司」を演じた渡邉享介さんが、4幕目では「上司に怯(おび)える河内さん」を熱演。コントラストが効いた演出と役者たちの見事な演技に大きな拍手が送られた。劇の後で登場した河内さんが世話になった人たちの思い出を語る場面では、感極まって涙声になる一幕も。最後は祝い餅つきのパフォーマンスで会場を大いに盛り上げ、昼の部が終わった。終演後のロビーでは、スタッフや出演者らが本や記念のタオルを販売。買い求める人や「とても良かった」と出演者に声を掛けたり、一緒に記念写真を撮ったりする人でにぎわった。

 夜の部が始まる18時、再び登壇した川田さんが「昼の部も見た人」と呼び掛けると、数十人が挙手した。「前半を見逃した人も、本に詳しく書いてあるから帰りに買えば大丈夫」とさりげなく宣伝。その後、「チンドン屋の歴史」を実演再現して「独立編」が始まった。

 「独立編」の演目は順に「やあ中ちゃん、久しぶり!」(作・演出=中村宏一郎さん)、「営業って難しい。でも立ち上がれ!かわち家応援歌」(作=小川内清孝さん、演出=KANAMEさん)、「光芒(こうぼう=細長い一筋の光)」(作・演出=福田修志さん)、「舞台は世界だ」(同=渡邉享介さん)、「これが僕らの進む道」(同=河内隆太郎さん)。

 1幕目を作・演出した中村宏一郎さんは、河内さんから「中ちゃん」と呼ばれる高校時代の同級生。現在はエフエム鹿児島でパーソナリティーを務める。長崎で「かわち家」を立ち上げた当時の河内さんには仕事もメンバーもなく、役者を目指して上京する直前だった中村さんを「上手におだてて」メンバーに引っ張り込む。知人の紹介で、イベント会社の社長に祝い餅つきのパフォーマンスを披露するチャンスを得て、猛練習した2人は張り切って本番に臨んだ。時折「スローモーション」が交じり、余裕の中ちゃんが河内さんに「楽勝やっか」とつぶやく。ところが中ちゃんは「あと少し」というところできねを落とし、全員の動きが静止して赤い光と衝撃的な音楽とともに暗転。幕あいの口上に登場した河内さんは「あの時は、よくも落としてくれたな」と大声で叫び、観客を笑わせた。

 2幕目はかばんを持ち、リクルートスーツに身を包んだ女性(嶋田琴子さん)が登場。「僕は河内隆太郎」と一声を上げると、まさかの「性別逆転」の演出に戸惑う観客のため、手にしたかばんをチンドン太鼓のように両肩に掛けてみせた。新聞社に勤める同級生に名刺の出し方を指摘されいったんは激怒するも、「営業のイロハ」を知らなかった河内さんが周囲の協力で成長する様子が描かれた。3幕目「光芒(こうぼう)」では、会ったこともない人からの紹介により、3日間という大きなイベントの仕事を得たにもかかわらず、紹介者に「あいさつをしなかった」ことで関係者全員からの信頼を失う河内さん。依頼者の一転した冷たい態度にも耐えて仕事を完遂し、失敗を12年にわたる絆に変えた。

 「舞台は世界だ」は、創業11年目にして中国で16日間興行の「大仕事」を得るが、8日目に交代要員でやってくるはずのメンバーが、日本で出演中に心筋梗塞を起して緊急入院。生死をさまよう仲間を思いながらも、舞台の今後を考えてパニックに陥る河内さん。ところが中国人コーディネーターから「河内さん。気持ちは分かるけど、これはビジネスね」と、中国政府関係者のパーティーに付き合わされる。本幕では、かわち家「最大の危機」を乗り越え、大きく成長する様子が描かれた。

 最後の5幕目は2013年のエピソード。「宣伝はチンドン屋でしか考えていない」ラーメン屋から依頼が舞い込む。今後のチンドン屋のあり方を模索していた河内さんは、大きなプレッシャーを感じながらも、「ほら、あそこの店ですよ」と丁寧に1000枚のチラシを配り歩いた。依頼者はチラシから来た客や、その客から紹介を受けた客、リピート客など「チンドン屋由来」の来客だけを厨房(ちゅうぼう)で「正の字」に記録した。初日は46人だったが、1カ月半で合計1000人を大きく上回る来客に結び付いた。「もちろん、チンドンだけの成果ではなく、店のクオリティーがあってのこと」と河内さん。最後は会場一体となって盛大に祝い餅つきで締め、アンコールは「また会う日まで」のチンドン演奏で幕を閉じた。

 河内さんは「多くの人の協力を得て、15周年記念の出版や興行を大いに盛り上げていただいた。これからもおごることなく精進したい」と話した。

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